クラフツマンという基準。

 クラフツマン25周年記念モデルは、現在の時計業界が「耐磁時計」の根拠としている国際・国内規格からすると、従順な優等生とはいえないかもしれない。これまでのクラフツマンが、大手ウォッチメーカーからケンテックスを興した橋本憲治ファウンダーの時計に対する思いと良心を注ぎ込んだ、ある意味、ケンテックスの優等生的な「基準」であったとするなら、新クラフツマンには予定調和におさまりきれない何かがある。ファウンダーが創造した哲学を、絶対的に守ってこそのクラフツマン。橋本憲治もそこは譲らない。しかしそこに、もう一人、譲らない男がいる。

 ウォッチの耐磁性能については国際的にはISO、国内ではJIS1種(4,800A/m)とJIS2種(16,000A/m)の二つの規格が用意されている。

 どのウォッチも「耐磁」をうたうかぎり、それらの規格に対して細かく定められた方法に従って検査を行い、基準をクリアしたものが合格者ということになる。もちろんクラフツマンも試験には合格している。それでよしとすれば優等生で済んだのだが。

 つい、考えてしまったのだ。それでいいのか、と。

 長く業界に生きてきた橋本憲治なら、それでいいと思うだろう。ただ、技術面において新クラフツマン開発の責を負うことになった憲治の次男・橋本直樹は違ったようだ。父が作ったクラフツマンという基準、業界が作った工業規格という基準・・それらに橋本直樹はゼロに立ち返って考える。
 ISOやJISといった基準がおかしいとか、もの申すとか、そういうことでもない。基準は基準として尊重し遵守するが、長く研究開発畑を歩んできた橋本直樹は、自分の目と手で納得しないと気が済まない。それは父もよく知っている。ブランドマネージャーの丹羽忍も後押しした。

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開発責任者の橋本直樹とブランドマネージャーの丹羽忍(写真奥)。

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トライフォース2において丹羽忍が考案した「軟鉄を見せる」という発想は、新クラフツマンにおいて大胆に発展・継承されている。


「耐磁時計」の基準。

 JISでは1種の方が「日常生活において磁界を発生する機器に耐磁時計を5 cm まで近づけても、ほとんどの場合に性能を維持できる水準」と「JIS B 7024:2012」に記載されている。2種の方は5cmではなく、1cmまで近づける。当然、条件は厳しくなる。「ほとんどの場合に性能を維持できる水準」という表現は一見あいまいなようだが、検査方法においては、生じる誤差(狂い)の範囲は細かく規定されている。

 そもそも、なぜウォッチに耐磁性能が求められるようになってきたのか。ウォッチに強い磁力を近づけると、内部の部品が磁化されてしまう。機械式時計においては心臓ともいえる脱進機の運動に乱れが生じ、精度に影響を及ぼすのだ。こうなった場合、元の精度を取り戻すためには脱磁を行わなければならない。

 現代の日常生活では、多くの電子機器に囲まれている。携帯電話やスマートフォンをはじめ、思っている以上にウォッチが強い磁気にさらされる機会は多い。携帯電話を例にあげると、スピーカー部には磁石が使われている。一般的な数値だが、じかに密着させた場合、2万A/mもの強い磁場に置かれることになる。これでは規格として厳しい方のJIS2種でも耐えきれない。

 いまスマートフォンでこれを読んでいる人は、どきっとしたかもしれないが、磁場は距離の二乗に比例して弱くなるので、上の携帯電話の例でいえば、5cm離せば1500A/m程度に弱まる。携帯電話を手に持った状態で腕にしたウォッチまで5cm程度とすると、JIS規格をクリアーした製品であれば、とりあえず問題はなさそうである。

 とはいっても、スマートフォンを腕時計を並べて置いてしまったり、ネオジウムのような小型強力なマグネットを用いたバッグや財布といっしょにしたり、持ち方によっては近接させてしまう危険性も完全には除外できない。

 世界一のヘビーユース・メカニカル・ウォッチをめざす以上、耐磁性能についても規格クリアに甘んじず、橋本は自分の五感で納得できるものにしたかった。

「理論上はオッケーでも、現実はぜんぜん違う」

 そんなことを橋本が口にするのを、かつての同僚など昔から彼のことをよく知る人たちは何度も耳にしている。また、幼なじみの一人は、いつも何かおもしろいイタズラを企んでいる印象が強いと言っていた。幼いころから海外と日本を行ったり来たりの学校生活から早大理工学部、大手メーカーの開発部門を経て、ファウンダーである父・憲治が生みだしたケンテックスに入社。履歴だけを聞くと優等生だが、従順な優等生ではなさそうだ。

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つねづね理工的な思考回路で正確にものごとを捉えようとする橋本だが、その原動力は子ども時代から変わらぬ好奇心。

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公開されたクラフツマン25周年記念モデルのCG。
堅牢さをうかがわせるボリューム感だ。


公正な基準が世界の秩序を支える。

 橋本が協力を依頼したのは、磁力という物理量の「基準」そのものを作っている機関。「規格」を作る機関ではない。「規格」の元となる「基準」を作る機関である。

 JEMIC(日本電気計器検定所)は、家庭でも使われている電力量計をはじめとするさまざまな計量機器を検定・校正する機関。一見、難しそうに聞こえるが、わたしたちの生活のなかでは、お肉を買うのも、タクシーに乗るのも、電気料金を払うのも、重さ、距離、使用量といった基準をもとに料金が算出されているものが多い。何の疑いもなく322gのお肉を買えるのは、322gを計量する機械が正確で公正なものだという信頼があるからである。ではその計測機械がちゃんとしているかどうかを誰が判断し保証しているのか、なかなか考えが及ばないが、もしこの基準があやふやなものだったら、わたしたちの生活は猜疑心のるつぼと化すだろう。

 話は生活だけにとどまらない。グローバルに品質の高さが認められている日本の工業製品だが、製品の品質の高さを支えるのはパーツの精度の高さである。ひとつひとつのパーツが、求められる役割を寸分違わずこなし、しかもどの部品も性能にバラつきない状態でなければ、大量生産を前提とする工業製品は不具合の山と化すことだろう。寸法だけではなく、いまやミクロン単位の電子部品が正確な仕事をこなすためには、それらが持つ物理的な特性をも厳密な基準に依拠することが不可欠なのだ。

 今回の実験に協力してくれたJEMICの富永さんは言う。

「良い製品を作るためには、良い電子部品が必要になります。では良い電子部品とは何かというと、値や特性があらかじめ分かっていて、バラツキがないものです。バラツキをなくすためには、正確な測定基準が必要になりますが、基準になる数値を測定するのが私たちの仕事です」

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JEMIC(日本電気計器検定所)のビルは東京・田町にある。

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いよいよインピーダンス・磁気試験室へ。


「基準」とは「作る」もの。だから「変わる」ことも。

 誰でも当たり前のように1m、1kgというものを頭に浮かべることはできる。あたかも1mとか1kgというものが元から存在するように思っている。しかし富永さんによると、mもkgも含め、すべからく「基準」と呼ばれるものは誰かしらかが「作る」ものなのだという。

 例えば現在の1kgは、フランス・パリ郊外に保管されている直径39mmの円柱形をしたプラチナ・イリジウム合金が世界の基準となっている。これは「国際キログラム原器」と呼ばれているが、作られたのは、なんと19世紀末。40個が複製され、No.6原器が日本に渡り「日本国キログラム原器」となった。ただ年数がたつにつれて、わずかながら金属表面への吸着物等によって原器は重くなる傾向がある。1kgの基準は変化しているだけでなく、各国に配られた原器の経年変化の個体差により、国ごとに微妙に1kgの内実が異なっている。これではまずいということで、フランスの「国際キログラム原器」と比較補正したり原器を新造して入れ替えたりと、基準を維持するというのも、なかなかたいへんなことである。

 ただ、現在ではモノが基準となっているのはkgぐらい。磁力も含め、他のすべての基準は普遍的な物理量に基づいて値が定義されている。そしてJEMICは日本における磁力の基準を作っている。富永さんがやっているのは、ものごとの基準となる「絶対値」を追い求める仕事といっていいだろう。

「物理現象を使って、正確な基準をつくるんですね」

 自分の頭なりに理解したことを確かめてみると、富永さんはうーんと首をかしげて「量子化された物理現象」と言い直された。

 さすが基準の番人。たったひとつの言葉に対しても、厳密さにおいて妥協はない。

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国際キログラム原器(画像引用:ウィキペディア)

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ヘルムホルツコイルの前で富永さん(写真中央)から説明を受ける。


インピーダンス試験室へ。

 ヘルムホルツコイル。車輪を並べたような特徴的な形のこの機器が今回の主役だ。

 ヘルムホルツコイルは、まるで結界のように金属のやぐらに囲まれている。この金属枠で地磁気の影響をキャンセルさせた上で、ヘルムホルツコイルで正確な値の磁力をかける。 

 磁力の基準は、核磁気共鳴型磁力計(NMR)によって周波数をもとに作っている。橋本と富永さんは専門的な会話を交わしながら、作業を進めていく。こうなると文系組はただ写真撮影に専念するしかない。機械好きが喜びそうな機器類だ。

 インピーダンス試験室において、残念ながら私が理解できた言葉は橋本が言ったひとつだけ。記す。

「現場がすべてですよね。機械式時計ってアナログなんで、理論と数値をいくら突き詰めていっても、けっきょく実物を動かしてみないと」

 私には理論の極北にあるように思えるこの部屋も、橋本にとっては「現場」のようだ。

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自分で計算してみた。 

 富永さんから、そもそも、どうしてうちを? と橋本に質問があった。知るかぎり、ウォッチメーカーで検査を依頼してきたところはケンテックスがはじめてとのこと。そこでも橋本は、理論と現場は違うから、自分の考え得るもっとも納得できることをやってみたかった、という説明をした。

 富永さんは、うーんと考え、検査の厳しさと基準の厳密さは、分けて考えた方がよい、と言った。

 言葉でこそ言わないものの、もしかしたら橋本は腕時計に関する工業規格に個人的には納得していないのかもしれない。そういえば過去に腕時計の耐水性について、クロールで泳ぐ人の腕にかかる水圧を自分の手で計算し、「JIS規格で大丈夫なのかなあ」と言っていたこともあった。

 その計算の前提や加味すべき要素が、どこまで正しいのかは分からない。ただ、橋本は世界が「基準」として賦与したものについても、いつも自分の手を動かして考える。納得しなければ、そのうち自分で基準を作ろうとしはじめるかもしれない。

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時間の基準いまむかし。 

 さて、富永さんに是正された「量子化された物理現象」に話を戻す。時計といちばん関係の深いものといったら、もちろん「時間」。

 江戸時代に時間を巻きもどすと、時間の単位は「刻」。日の出と日の入りを基準に日中を6等分し、そのひとつが「一刻」でおおよそ2時間。季節によって日中の長さは変わるから、同じ一刻でも、夏の一刻は長く、冬の一刻は短かい。「半刻」だと1時間。「四半刻」で30分。それ以下の細かい時間の発想は存在しないから、遅刻しても15分ぐらいなら「遅刻」として認識しようがなかったはずだ。

 明治以降、西洋の定時法が採用され、季節ごとに1時間の長さが変わることもなくなったし、さらに「分」「秒」という未知の時間認識も広まった。今や待ち合わせ時刻に1分でも遅れると携帯が鳴る。時間を細かく区切っていったことで、人の時間規範は正確さを求められるようになってきた。

 時計のメカニズムも同じで、クォーツがきわめて正確な時を刻むことができるのは振動数が多いからだ。ハイビートという。振動のスピードが速ければ速いほど、ひとつの振幅あたりの誤差は小さくなる。限りなくスピードを速め、振幅を細かくしていけば、限りなく誤差も小さくなっていくという理屈である。

 でも、感覚的には江戸時代の「刻」の方が、しっくりきそうな気もする。冬の1時間は短かくて、30分以下は数えない。

 しかし時計も世の中も、スピード、スピード。正確さ、正確さ。

 遅いことで何かいいことってないんですかねえと、思わず言葉が口をついて出てしまった。あまりの間抜けな質問に一同、しんとなる。富永さん、困ったような顔になったが、ゆっくり笑ってこう言った。

「気はらくですよねえ」

 (文・写真:市原千尋)