2014.9.9

世界最初の歯車

 「歯車」とはそもそも何だろう。あまりに身のまわりにありふれすぎていて、これまであまり真剣に考えることもなかった。
 定義していうなら、離れた位置にある二つ、あるいはそれ以上の回転する軸をできるだけ確実につなぐもの、といったところか。ではなぜ回転する軸をつなぐ必要があったのか。それは動力を発生する回転軸と、その動力を生かしたい回転軸との距離が離れているから。あたりまえというなかれ。そもそも、人類はいつ、なぜ、離れた位置の回転軸を動かそうとしたのか。
 歴史をひもとこう。歯車の歴史は紀元前の古代文明にまでさかのぼる。どうやら世界最初は歯車は、水をくむために用いられたらしい。蛇口をひねれば水が出るこんにちの感覚からは遠いが、水くみは文明にとって死活問題ともいえるものだった。古代エジプトでつぼを使った水揚げ装置に用いられたのは、木製の輪車の外周に丸棒をたくさん付けた歯車。(図1) 単に二点間の回転軸をつなぐだけでなく、垂直軸からもたらされた動力を水平軸に変換させている。

 1901年、エーゲ海の沈没船から金属製の歯車を複雑に組み合わせた機構をもつ謎の物体が引き揚げられた。発見当時は何のためのものか誰も分からなかったが、近年、X線スキャナーをはじめとする最新技術を駆使した国際的な調査プロジェクトで謎の扉は開かれつつある。
アンティキティラ島の機械」と呼ばれるこの装置の正体は紀元前100年ごろに製作された歯車式計算機。月、惑星といった天体の正確な位置を船の上でまたたくまに計算する、いわばラップトップコンピューターのようなものらしい。もちろん電力ではない。30以上の歯車の精緻な組み合わせが、求める天体の位置を弾き出す。
 2000年もの長いあいだ海の底で眠っていたアンティキティラ島の機械。青銅製の歯車は腐食、固着し、正確な用途はまだ分かっていない。この謎をめぐっては、科学者のみならず時計職人の創造魂にも火をつけ、機構再現の挑戦が名だたる職人たちによって試みられてきた。近年では2012年に機械式ウォッチブランド・ウブロの開発チームによって、アンティキティラ島の機械へのオマージュを込めたオリジナルウォッチが製作された。

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(図1)古代エジプトの水揚げ装置。

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アンティキティラ島の機械。アテネ国立考古学博物館蔵。
(画像引用:ウィキペディア)


歯車の産業革命。インボリュート曲線。

 科学技術の進歩に伴い、歯車は時計や天文計算機といった精度を極める「サイクロイド歯形」という方向と、大きな動力を効率よく伝達させる「インボリュート歯形」という方向に分化していく。性能を発揮するためには二つの軸間距離にシビアさを求めるなサイクロイド歯形に対し、インボリュート曲線という数学を応用した後者は、高負荷時に生じるブレによる軸間距離の変動にも順応する。大型機械が次々に生み出された産業革命の背景には、インボリュート歯車の存在抜きには語れない。現在でも機械式時計をのぞいて工業製品に使われているのは、ほとんどがインボリュート歯車。コンピューター解析の登場によってミクロン単位の精度で、より高効率・高耐久という最適解の探求は今も日々、つづけられている。

 歯車ひとつとっても、調べていくにつれ大量の計算式やグラフ、理論が出てきて、正直、頭が痛くなってきた。先人たちが積み上げてきたこれらの数式と理論、そして、それらを組み合わせ試行錯誤して生まれてきた歯車のひとつひとつ。けっきょくのところ自分はなーんにも分からないまま、ただ歯車の恩恵に浴して安穏としているんだなあ。と、そんなことを考えつつ機械式ウォッチを眺めてみる。

(写真・絵・文・市原千尋)

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シマノ社はまさに自転車用の歯車ひとつから世界最大のパーツメーカーへと成長した。その技術のすべてを注ぎ込んで開発されているのが、バイクコンポーネントのフラッグシップ「DURAACE」。変速を極限までなめらかに行うために、その歯は形状が徹底的に精査されている。

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同じくシマノ社のフィッシング部門でクラシックラインの頂点に君臨する「カルカッタ・コンクエスト」。クラシカルスタイルとはいえ、ミクロン単位で調整されたギヤの噛み合う巻き心地は、まさに絹のよう。各部の仕上げ技術の高さもさすが。


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