好きなのは釣りなのか? それとも道具か?

夜も更けて、地区青年部の集まりは二次会の場所を求めて流れるように町の灯りの中をさまよっていた。青年部といっても、ここに残っているのはみな40代以上。わずかながら集まりには来ていた若者も、会合が終わるとそそくさと帰ってしまった。 週末のせいなのか、店はなかなか決まらない。ネオンの下で斥候の帰りを待って数人で立ち尽くしていた。

「それ、いいバッグだね。どこの?」

誰かの声で不動産業の男に視線が集まった。話しかけたのは八百屋の男だ。八百屋といっても、都内の大手商社を辞めて家業を継いだエリートである。不動産業の男は、たすきがけにしていたコンパクトなバッグを肩からはずして手渡した。横からのぞきこむと、マニアックな山岳用品メーカーのロゴが見えた。サンダルも水陸両用の機能性を売りにするメーカーのもの。よく見るとシャツも帽子も機能性の高い有名メーカー製のようだ。

二次会の店が決まった。流れで席につくと、向かいが不動産業の男だった。機能的な道具が好きなこともあって、その話題で彼と酒を交わしながら盛り上がった。酒は強そうだった。

話は釣りの方にむかった。自分でむけたのかもしれない。小遣いの使い道を考えるとき、まず、頭に浮かぶのは釣り道具しかないのだから当然だ。彼は自分は釣りはしないけど、やってみたい気もあると言った。そこらあたりから酒が急にまわってきた。火がついてしまったようだ。あとのことは、あまり覚えていない。歳をとるほどに、飲むと思い出せないことが多くなる。 ただ、不動産業の男が言った、ひとつの言葉がなぜか焼き印のように脳裏に残っていた。

・・釣り自体はそんなに興味ないけど、釣りの道具はおもしろそう。釣りをしないで道具だけって、だめですかね。・・

彼が言っていたのは、そんなようなことだった。

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ロッドはシマノ社製フリーストーンの6ピース。日本の小規模な渓流に分け入る際に重宝するサイズと、しなやかなループを生み出すスピゴッドフェルール仕様。リールはORVIS社製CFO3 DISK。ブロンズが美しい復刻版。ウォッチはマリンマン・シーホース(ブラック)

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釣り人にはあまり関係ないかもしれないが、実用ダイバーウォッチとして開発されたマリンマン・シーホースは水中でもこの視認性。ウォッチのむこうに、小魚の群れが見える。


釣りは、道具の道楽。

あれからというもの、自分は釣り好きというより、単に道具好きなのかもしれないと考えるようになった。
小さく精巧な歯車が噛み合って回転するメカニカルなノイズ。ハンドルをまわす手の動きに寸分たがわず追随する、正確でスムーズなリーリング。
魚の動きを絶妙に吸収しつつも、けっして腰折れすることも負けることなく浮かせるロッドの素材感。強靱であることとしなやかであることの相反する要素を両立させているのは、素材の組み合わせで狙う結果に近づけるメーカーの技術と、テスターの情熱。そんなものを感じながら釣りをする。

「道具の道楽」・・そのひとつの究極が、釣りなのかもしれない。山岳道具ならば、道具選びは命賭けだ。その道具が究極であればあるほど、それが生きる場所も極限に近づく。その点、釣りはじつに手ごろだ。釣り具屋に毎週のように行く。見飽きることがない。
実際に買うのは数百円の浮き止めゴムだったり、スナップだけのときがほとんど。しかし浮子ゴムひとつとっても、じつにさまざまな種類があり、ステンレスの極細リングのついたシリコン製・競技用浮子ゴムは3本で300円もする。スナップも毎回、あれこれ試しては、ああ、これじゃない、前の方がよかったとか、大きさ、タイプをいろいろ試行する。そんな感じで、数百円でも本気で道具について考え、試し、がっかりしたり喜んだりできる。その頂点はリールとロッドだろう。ふだんは眺めるだけでも夢はふくらむ。

リールもこだわった。ロッドも長年のお気に入り。残るは。

リールはショーケースの中で生涯を終えるものではない。そのフィールドには少なくとも水がある。場合によっては海水だ。つねに水、塩、砂にまみれる苛酷な環境下で複雑な機構に埋め込まれた精密ギヤを回転させるリールは、道具としての喜びに満ちている。日々のメンテナンスは、面倒なことではなく、悦楽でさえある。自分の力でオーバーホールまでできたら、どんなに素晴らしいだろう。

機械式ウォッチはリールと相通ずるものがある。苛酷な環境での信頼性。堅牢なステンレスケースに守られたローターが、腕のわずかな動きを動力源にゼンマイを巻く。ロッドを振る、リールを巻くたびに、ウォッチの中でメイド・イン・ジャパンのローターが回転するこりこりという感触を感じる。お気に入りのリールとウォッチ。甘やかすことなく、現場で惜しげもなく使い倒せる道具は、価格も重要だ。大手メーカーが発売している上位モデルのリールと、KENTEXの機械式ウォッチは、ちょうど同じぐらいの価格帯。小遣いが少し貯まってくると、いつもどっちにしようかと悩まずにはいられない。
リールかウォッチか。そんな夢想をしながら今日もデスクの上でリールをくるくるやってみる。よく考えてみれば、道具の数ほどに釣りはしていないかもしれない。デスクの上で、居間で、家族にいやがられながら恍惚の笑みを浮かべながらリールを巻く。ロッドを振る。危ないから家の中で釣りをしないで、と家族に怒られる。でもやめられない。やめられるわけがない。

(ライター・市原千尋)


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釣りの世界でも、スタイルにこだわるアングラーが多いのがトラウトフィッシング。単なる釣りの技術や道具に終始せず、環境に対する意識や、自然に対する敬意も問われる。文豪・開高健をはじめ、その世界に魅了された釣り人は数知れない。近年は管理釣り場の流行で、誰でも手軽に始められるようになったのもうれしい。

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和のゲームフィッシング「へらぶな釣り」でもスタイルや道具にこだわる釣り師は多い。日本製であり、オリエンタルなイメージを醸し出す機械式・ドレス系ウォッチのエスパイ・アクティブは、静寂に包まれた和の時間を豊かに演出してくれる。


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<この記事に登場しているウォッチ>

>マリンマン・シーホース(ブラック)

>エスパイ・アクティブ(シルバー)