2014.6.2

「JAPAN」に宿る、もうひとつの意味と、温泉と。

英単語「JAPAN」のもうひとつの意味をご存じだろうか。なんと「漆器」である。

なぜ「JAPAN」が「漆器」なのか。「CHINA」が「陶器」を意味するのと同じように、英語圏の人たちにとって日本の漆芸の完成度はそうとうなインパクトをもって受け入れられ、明治期まで漆器は日本の重要な輸出品目だった。

そもそも漆芸は中国伝来といわれていたが、近年の研究により、最古のものは縄文時代、 12600年もの昔の漆芸品が出土している。DNA鑑定でそこに使われている漆は日本の固有種であることも解明され、世界最古の漆芸は日本であることが明らかになった。

現代日本のライフスタイルにもその技術は生かされている。生活雑貨店の店先を彩る、人気のお弁当箱やランチグッズの多くは漆器技術の応用である。木のかわりに合成樹脂のベースを使い、漆のかわりにウレタン塗装を行う。古来の漆芸に対して「合成漆器(近代漆器)」と呼ばれる。合成漆器を生み出し、この分野で全国一の生産量を誇るのが石川県加賀の山中(やまなか)である。

加賀市でも山間部にある山中は、奈良大仏の建立で名高い行基に由来する伝統の温泉地でもある。ここで湯治客相手の土産物として木の器の生産が盛んになった。木を器を削り出す職人は「木地師」と呼ばれ、かつては国家の免状を持ち良材を求めて全国を渡り歩くことが許された技能集団。山中温泉に定着した木地師たちは、技を競い合いながら全国でもここ山中だけという特殊な木の扱い方を体得し、誇り高い稀有な技術を現代にまで伝えてきた。

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山中の一流の木地職人による加飾技法「千筋(せんすじ)」が施されたお椀。「千筋」は、ろくととノミだけで繊細な筋を彫っていく技術。

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エスパイ・アクティブのダイヤル面に施されたギョーシェ。ギョーシェ彫りは18世紀にスイスの時計職人アブラアン・ルイ・ブレゲが考案。


木地の山中が「縦木取り」にこだわりつづける理由。

全国にいくつかある産地の中でも、ここ山中だけで行われている独自の方法がある。「縦木取り」だ。
通常の産地は木を成長方向にスライスした材木を使うのに対し(横木取り)、山中は輪切りにスライスした材を使う。分かりにくいかもしれないが、お椀を例にしていえば、山中のお椀だけは机に置いたとき、切られる前の木が空を仰いでいたのと同じ角度で空を向いている。他の産地は横を向いている。年輪に対して素直にとるので強度や収縮に強い。反面、縦木取りは捨てる場所が多く、材料効率が悪い。材はろくろで曳くが、繊細なろくろの技を生かすためには、木の強さを引き出せる縦木取りにこだわるのが山中流なのだ。


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「縦木取り」で挽いたお椀は年輪が素直に木目として現れるのが特徴。慣れてくると木目を見ただけで「縦木」か「横木」か見分けられる。

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「縦木取り」した材を職人がろくろで挽くときは、ろくろの軸に対して横にすわるが、これも山中の特徴。通常は軸に対して正面にすわる。


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エギジビションとして技術の限界に挑んだ「薄挽き」。お椀の向こうが透けて見えるほど薄い。手に持った感触はまさに紙。山中漆器伝統産業会館で見ることができる。

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日本製の機械式ムーブメントが埋め込まれたエスパイ・アクティブも、構造的には薄さに限界はあるものの、ケース径やバランスを試行錯誤することで、腕につけた際に薄さを錯覚するよう計算されている。


ろくろと刃物だけで生みだす至高の技術・・「千筋」(せんすじ)。

縦木取りの特性を生かした技術の中でも、「薄挽き」(うすびき)と「千筋」(せんすじ)は山中木地職人の誇りをも内包する至高の技だ。

「薄挽き」は字のとおり器を極限まで薄く削りだす。なんとお椀をかざして向こうが透けるほど薄くすることができる。もちろんそこまですれば実用性はないが、それだけの技術をもってすれば、例えば、どんな素材よりも軽くて使いやすいコップを作ることができる。

「千筋」(せんすじ)は装飾のひとつ。刃さばきひとつで0.5mm間隔で正確なラインを引いていく。それも、あっという間に。

エスパイ・アクティブをはじめ、ケンテックスのドレス系ウォッチに施されている「ギョーシェ」もまた繊細で立体的なラインの造形である。ギョーシェ彫りは「ギューシェ模様」とか「ギロッシェ加飾」とも呼ばれ、18世紀にスイスの時計職人アブラアン・ルイ・ブレゲによって考案された。もともとは加飾のためではなく、ダイヤルを薄くするためと、光の反射を抑え視認性を高める効果を狙ったものだったようである。
現代ではプレスや機械彫りが一般的だが、一部の超高級腕時計では今だに職人による手彫りも行われている。

繊細で美しい「ギョーシェ」は「千筋」と通ずるものがある。いつの日か、山中木地職人の手による「薄挽き」シースルーダイヤルや、ギョーシェならぬ「千筋」ダイヤルが実現できないものかと夢みた。(市原千尋)

>エスパイ・アクティブ詳細ページ

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山中は漆器産業の他に、奈良時代の行基ゆかりの歴史ある温泉街でもある。中央に見えるうぐいす色の屋根の建物は公衆浴場。

「弁当わすれても傘わすれるな」という土地柄は、湿気が必要な漆芸産業にはうってつけだが、観光の際には傘をお忘れなく。

【取材協力】一厘(いちりん)

【関連情報】山中漆器連合協同組合

【観光情報】 山中温泉観光協会