2014.7.29

日本でいちばん荒行をしてまわった男。

 神奈川県北西部の山北町にある洒水の滝は、落差69mの「一の滝」を含む三段の滝。かねてより相模国随一の名瀑とされてきた。
「洒水」は仏教用語で、穢れ、不浄をそそぐ香水(こうずい)のことで、かつては滝打ちによる水垢離の場であった。ここで百日にわたる荒行をした人物として鎌倉時代の文覚上人が知られている。この人物は『平家物語』をはじめ、『源平盛衰記』『吾妻鏡』『愚管抄』といったそうそうたる古典にも登場し、流刑地だった伊豆で知り合った源頼朝のために、ときには彼の亡父の髑髏(どくろ)を見せて決起を迫ったり、後白河法皇に平氏追討の院宣を出させたりと、鬼神のごとく頼朝の陰の力となって暗躍。鎌倉幕府成立の黒幕ともいえる人物なのだ。
 荒れた海をも鎮める法力をもつと怖れられた文覚上人。その力を得るまでの若き日の修行の苛烈さは常軌を逸しており、残された伝説はここ洒水の滝だけでない。あまりの激しさに命を落としかけた熊野の那智滝での千日籠りをはじめ、足跡が残っている地は大峯、葛城、高野、粉河、金峰山、白山、立山、富士、伊豆、戸隠、羽黒と、日本の名だたる修行の地を踏破している。
 ここまでこの人を荒行に駆り立てたものは何だったのだろう。

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長い歳月で浸食が進み、滝は現在も後退をつづける。

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マリンマン・シーホースも滝打ち修行を体験。


ある若武者の一途な恋。

 遠藤盛遠(もりとお)という若武者がいた。職業は北面の武士。皇居の警備にあたる仕事で、いわば警察庁警備畑の若きエリートである。彼には幼なじみでいとこにあたる袈裟御前(けさごぜん)という意中の人がいたが、彼女は遠藤の職場の同僚と結婚してしまう。結婚式で再会してから断ち切れぬ思いは日増しに募り、ふたりは逢瀬をかさねることになる。
 武勇勝る遠藤が大手柄をたてたとき、飛ぶ鳥落とす勢いの平清盛に好きな褒美をとらせると言われ、公衆の面前で「袈裟御前がほしい」といって失笑を買うほど一途な思いだった。袈裟御前も思い悩み、夫を殺めてほしいと遠藤に頼む。御前におしえられた手順で夫の寝所に忍び込み、難なく布団の上から襲い討ち取ることに成功する。首を切って庭に放り投げると、あろうことか袈裟御前の透き通った白い顔が月の光に照らしだされていた。


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スカイマン・パイロット」・・機械式パイロットウォッチの基本条件をおさえた無駄のなさ。

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滝の近くにある湧き水。日本名水100選に選ばれている。

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スカイマンパイロットのケースバック。


ひとつの悲恋は、歴史を動かす「業」だったのか。

 深く悔い、命を差し出すつもりで自首した遠藤だったが、御前の夫である同僚は、自分の業のせいだといって出家する。生きて業を負うことになった遠藤はもがき苦しみ、死に取り憑かれたかのように荒行を求めて旅に出る。文覚上人の誕生だった。

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 以上の文覚上人の若き日のエピソードは、実際にはあとから付け足された脚色も多く含まれる。しかし後世、多くの文人にインスピレーションを与えた。芥川龍之介、菊池寛が小説化したほか、カンヌ映画祭グランプリを受賞した『地獄門』、漫画では手塚治虫の『火の鳥』のモチーフとなっている。
 また、北面の武士から出家した同僚には、歌聖と呼ばれる西行上人がいる。文覚が荒行を求めて全国をまわったのに対し、西行は古来の歌に詠まれた「歌枕」を訪ねて全国をまわった。西行は後白河法皇の密命を帯びていたという説もあり、そうであれば頼朝を支える文覚は要注意人物であったに違いない。

(文・写真・市原千尋)


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2014年現在、橋から先は立入禁止となっている。

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コンフィデンスのケースバック。


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今回の旅に使用した自転車はイギリス製折りたたみ自転車ブロンプトンS6L。クロモリという昔ながらの素材で、ほぼ同じフレームを30年間作り続けている。 ウォッチをのせているのはブロンプトン純正のフロントバッグ。素材はなんと廃棄された消防用ホースを再利用したもの。