2014.11.18

磁力に満ちた現代生活

眼には見えないが、現代生活は磁力まみれだ。物理的に、およそ電流のあるところ必ず磁場が発生するのだから、当然と言えよう。例えば携帯電話の電波も磁界を伴うが、これに加え、電話機に搭載されているスピーカーやバイブレーション用の振動モーターもまた、磁石である。

そしてデジタルはまだしも、アナログ時計は磁場に弱い。クォーツ式時計も電磁モーターに依存している部分があるため外部の磁場に攪乱されうるが、機械式時計となればなおさらである。極端な話、ゼンマイが磁力でくっついてしまったら、動きようがないのだ(一般に、弱い磁界があると機械式時計は遅れがちに、強い磁界があると進みがちになる傾向があるという)。いかにして正確性を担保するかを追求してきた時計の世界において、磁力対策は避けては通れなかった。

初めて強力な耐磁機能をウリとした機械式時計は、1948年のパイロットウォッチ、IWCマーク11とされている。これは戦時中、パイロットの時計が航空レーダーの電波により狂わされがちだったことに着目したもので、その解決策は、軟鉄でムーブメント全体を覆うことであった(それ以前にもムーブメントを金属遮蔽した航空時計はあったが、軟鉄ではなかった?)。なお、ムーブメント部品に金属を使わないという手もあるが、製造は非常に難しくなる。

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耐磁用の軟鉄でムーブを囲う(クリックで拡大)

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軟鉄部が見える設計のモデルもある(クリックで拡大)


磁石にくっつく鉄で磁力を防ぐ?

電流を遮断するには薄紙1枚ででも絶縁体で覆ってしまえばよいが、磁力はそう簡単には遮断できない。そのためには磁束を通しにくい物質よりも、逆にあえて磁束を通しやすい物質でシールドを作り、さながら避雷針のように、磁束をそちらに流してしまうのが実は有効なのだ。

ただし透磁率の高い「磁性体」であるというだけではいけない。磁場にさらされることで自身が磁化されやすい「硬磁性体」ではなく、磁場がなくなれば何事もなかったかのように元に戻る「軟磁性体」が適している。軟鉄(炭素含有量の少ない柔らかい鉄)はそのような物質のひとつだ。時計の厚みを抑える設計力は必要になるが、この軟鉄シールド作戦は、単純なりに成果の見込める方法なのである。

他にこのような電磁シールド目的に使われる物質としては、パーマロイ合金や珪素鋼なども発明されてきた。防磁対策は時計だけではなく、スピーカーや電子機器のノイズ対策目的でも研究されてきたし、意外なところでは巨大な鉄塊である軍艦も、帯磁対策の必要性があった。磁気感応機雷に当たりやすくなったり、磁気を頼りに敵潜水艦などに発見されやすくなるためだ。もっとも、軍艦をさらに囲いで覆うわけにはいかないので、外周に電線を張って磁場を反対向きに打ち消したり、「必要以上に南北を向かない」などの対策しかなかったが。

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軟鉄耐磁構造では、磁力線は吸い込まれるように軟鉄部を流れ、内部には達しにくい(クリックで拡大)

比透磁率(真空を1とする)
スーパーマロイ 約1,000,000
パーマロイ 約8,000
99.8%純鉄 約5,000
珪素鋼 約4,000
軟鉄 約2,000
炭素鋼 約100
チタン 1.0001

耐磁性能の限界

JISでは「耐磁時計」を謳うことのできる基準が定められている。きょうび、特別に「耐磁」でない時計であっても、1,600A/mまでの静磁場下で性能を維持できる必要ありとされているが、”日常生活上の磁力源に5cmまで接近可能” な「耐磁1種」ではこれが4,800A/mとなり、同じく1cmまで接近可能な「耐磁2種」では、16,000A/mまで保証される。

ただし、耐磁時計といえども過信は禁物である。特に、高周波数の交流磁場(磁場の向きが周期的に変化する)に比べ、低周波の交流磁場、あるいは周波数ゼロの、永久磁石などから発する定常的な静磁場は、上記のような軟鉄遮蔽をもってしても防ぎにくい性質がある。静磁場をも完璧に遮蔽するには、超伝導物質を使用した大掛かりな装置が必要となる。

逆に高周波数の交流磁場なら軟鉄のような磁性体以外に、電気を通しやすい導体物質でも遮蔽可能である。電磁誘導現象により、磁場の変化を妨げる向きに渦電流が発生することで、最終的に磁力を熱エネルギーとしてロスさせてしまうからだ。IH調理器などはこの現象を応用し、金属製の鍋を磁力で温める。

JIS耐磁基準も、あくまで日常生活上の平凡な耐磁要求を念頭に置いたものであり、1種と2種の差も、強力な磁力源に対しても大丈夫というよりは、テレビや携帯電話などにどれだけ接近しても大丈夫か、という観点のものだ(一般に、距離が2倍開けば磁場は4分の1に減衰する)。2種耐磁時計が16,000A/mまで耐えられると言っても、800ガウスの小さなピップエレキバンはその4倍、約64,000A/mの静磁場を出すのである。

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専門機関での耐磁試験を受けるクラフツマン25tn Anniversaryモデル。耐磁能力は64,000A/m、影響はあるが80,000まで耐用可能。(クリックで拡大)

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主な家電製品の磁気力表(クリックで拡大)