2014.8.4

リューズガードとボタンは、隊員の相棒らしさを。

 トライフォースの外見において強いアクセントとなっているリューズガード。ここにも丹羽のこだわりは詰まっている。第3回で見たベゼル処理と同じように、ここでも丹羽は作り直しを命じている。
 図面で見た印象と、実物を手にしたときの印象・・図面では最良と思えたリューズガードのデザインだったが、いざ実物になってみると押し出し感にいまひとつ力強さがない。実物はブラックIP処理を施されているが、図面上の表現ではブラックのインクにすぎない。同じパーツでも通常のブラックとブラックIPの違いは実物になったときに顕著に現れてくる。ある要素がある要素を打ち消し、また、ある要素はある要素を強める。同じ丘から見ても、富士山は天候や季節によって大きさが違って見えるそうだ。それと同じかもしれない。
 自分の主観と切り捨てるか、変更すべきなのか・・。すでに開発スケジュールは大詰めを迎えている。ケースの作り直しという選択は、現場に大きな負担を強いることになるし、それによって遅れが生じ、生産、流通の日程の見直しとなるともはや自社だけの問題ではない。
 答えがでなくなったとき、丹羽は目を閉じ「風」を思い浮かべる。防衛省本部ビルを吹き下ろす強い風。夜明け前の山、オートバイのシールド越しに感じる風。苛酷な現場で自衛隊員たちを襲う風。
 大切なのは、自衛隊員が腕を見るたびに勇気づけられるウォッチであるか。信頼できる力強い相棒であるか。丹羽は目を開いた。

01

リューズに銘打たれた「JSDF」の文字。

02

リューズガードとボタンに施されたフィン状の滑り止め。


ura

つねに新規で。その先にあるトライフォース

 自衛隊のイラク派遣がきっかけとなり、2006年3月に陸海空の各自衛隊を一体運用する権限をもった統合幕僚監部が創設される。従来の陸海空の三幕僚に加え、四つ目の幕僚である。以後、自衛隊のすべての運用は、統合幕僚監部を経て三幕に下達されるようになった。
 従来の三つの幕僚はそれぞれ独立心が強く、陸海空の自衛隊のロゴをひとつにするなどありえない話だった。個別の契約だけでもいくつもの壁を越えなければならないのに、契約のステップだけでも気が遠くなる。そもそも、各幕僚自体、三幕をひとつにした「トライフォース」という企画そのものに興味を持たないだろう。
 それだけに統合幕僚監部の創設は、丹羽には「トライフォース」を実現する大きなチャンスに見えた。統幕を通せば「トライフォース」の道筋が見えてくるかと思いきや、いざ動きはじめてみれば四幕と個別に契約を結んでいくしかなかった。
 紹介というかたちで細いつてを頼りながら、どうにか四幕目の契約にたどり着いたときには、最初の契約から1年以上経過していた。ようやく動くかというときになって、最初の契約をした担当者が異動になり、引き継ぎがうまくいっていなかったために話が振りだしにもどったこともあった。とにかく、ひたすら困難な道だった。
 丹羽の思いが伝わり、応援してくれる自衛官もいた。しかし他の幕僚に対しては応援が仇となることもある。「何もしないことが、いちばんの応援」と言った自衛官の言葉は重い。
 丹羽も彼らに迷惑がかからぬよう最大限の配慮を怠らない。だから個人的なつながりを持たず、つねに製品の実力と実績だけで一から信頼をかちとるしかない。

     *

 週末、夜明け前の秩父高原にオートバイにまたがった丹羽の姿があった。よほど天候が悪くならない限り、夏も冬もオートバイで夜明けを見に行く。仲間の多くはオートバイをおりていった。最後に人と走ったのはいつのことだったか。帰途、馴染みのパン屋に寄り、家族の朝食を買って帰る。
「趣味」と「遊び」は明確に違う、と丹羽は言う。彼にとって趣味とは、自分の価値観を守るための「行」であり、こだわることにこだわりつづける「意地」なのだ。
 最後にひとつ訊いてみた。今回のトライフォースで、やり残したことはないか?
「すべてチタンで作りたかった」
 即答だった。
 この男のこだわりは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

(文・市原 千尋)


860_01