2014.7.15

防衛省本部ビルの「日常的」な異空間

 セブンイレブン、ファミリーマート、吉野屋・・見慣れた看板の前を人が行き交い、オープンテラス状になっている大手コーヒーチェーン店の店先では、丸テーブルにすわった人たちが談笑したり、本を読んだりしている。目の前にある光景は日本のどこにでもありそうな道具立て。しかしここは間違いなく異世界である。

 打合せを終えエレベーターでいったん地上階にもどった丹羽が足を向けたのは、防衛省本部ビルの地下だった。地化といっても、ガラスを多用した吹き抜けから外の光が注ぎこみ、明るく開放的な空間がひろがっている。コンビニ、カフェ、本屋、雑貨屋、そしてクリーニング店まである。しかしそこを行き交う人々の姿は、日本のどの日常にも出てこない。
  迷彩服、白い士官服、肩章の入ったライトブルーの半袖。
  長い銃身の火器を肩にかついで歩く男をかすめて、スーツの男が足早にエスカレーターの方に向かう。 カフェで談笑している面々もとりどりの服装、コンビニの店内も、牛丼をかきこむ者まで、まるで仮装大会のようである。

 丹羽は慣れた足どりでファミリーマートに入っていき、雑誌売場の向かいの棚を指して言った。

「前までここに、うちの時計を置いててくれたんですけどねえ。あ・・、あった、あった」
 少しうれしそうに手にとったのは、ウォッチバンドだった。
「なんか以前は扱ってた名残りみたいな感じになっちゃってますね」
 おそらくは日本で唯一、防衛省ウォッチが買えたコンビニである。土産物店の横を通ると、安倍晋三首相をキャラクター化したまんじゅうや菓子類が何列にも並んでいる。「晋ちゃん珈琲」なんていうものもある。ドッグフードのようなパッケージが山積みになった「防衛糧食」も目を引いたが、陸上自衛隊仕様の迷彩柄のバームクーヘン、「デッド・オア・アライブ」という過激なネーミングのクッキーはどんな味がするのだろう。カメラを出そうとして「撮影禁止」の貼り紙に気がついた。ここが異世界であることを忘れてはならない。
 クリーニング店の横を通ったとき、丹羽が言った。
「いちばん強いのは、たぶんクリーニング屋じゃないかな」
 言葉の少ない丹羽の真意を汲めず訊きなおすと、
「たくさん店があるけど、今はぜんぶ入札で出店業者を決めるでしょう。何年もここでがんばってたような小さい店も、大手資本が入ってきたら、どうにもならないみたいで。でも、このクリーニング屋は昔からがんばってますよ」
 ビル中がとりどりの制服で埋まっているような場所だ。しかも特殊な制服。外に出すわけにもいかないのだろう。いろいろなビジネスがあるものだ。

 丹羽の目的の場所は自衛隊グッズの店。二店舗がつらなり、文具からバッグ類、玩具まである。通路に面したいちばんいい場所にケンテックスの防衛省モデルがポップやパンフレットともに並べられている。丹羽はさっと商品の陳列状態などをチェックしながら通りすぎ、店主と会話しながら隊員の反応などを確かめている。自衛隊モデルに関しては小口の納品さえ他人には任せない。入口も出口も堅い防衛省にあって、小さな動きひとつひとつの中に現場の感触を得られる貴重なヒントが潜んでいると丹羽は思っている。

 外に出るとビル風が強く吹いていた。真っ白な制服の二人組が横を通り過ぎる。あのクリーニング屋に出しているのかなと思った。入札制度で誰でも業者として参入できる可能性が開かれている。しかしおもしろいことに、誰でも入れることが、かえって強力な参入障壁になっている。それは雑貨屋でも牛丼屋でも同じことだ。この異空間では。

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数少ない情報はどんなところに転がっているか分からない。

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店に設けられたケンテックスのJSDFウォッチコーナー。


それはただ、ミリタリーであればよいのか?

 デザイナーはそれを聞いたとき、素人の発想だと思ったし、はっきりそう伝えた。
 組み上がってきたサンプル品が上がってきてからというもの日々、手に取っては検分していた丹羽は、ホーニング処理されたベゼル部分に感じた小さな違和感を捨てきれずにいた。サンプル製作前のデザインペーパーではまったく気がつかなかったが、実物を手にしてみると、どうしても気になる。ホーニング処理はミリタリーウォッチでは定番なだけに、この定石からはずすことが果たして正しいことなのか、丹羽自身にも分からない。あるのは「違う」という直感だけだ。

「ひとつのパーツに三種類の仕上げっていうのは、正直、どうかな」とデザイナーの方も引かない。

 金属の表面仕上げの処理は、ひとつの手法で終始させるか、せいぜいアクセントとして別の手法をひとつ組み合わせるのが通例だ。これはウォッチのデザインに限ったことではない。あれもこれも入れるのではなく、いかに絞るか、それがプロのデザイナーの仕事といえるだろう。すでにトライフォースのベゼルには、渋めの光沢を放つホーニングをベースに天面をヘアーラインという細い筋が入った仕上げ処理を行っている。丹羽にはこれが、どこか重ったるく見えた。自衛隊用ウォッチだから質実剛健なイメージでいいはずだ。過剰な装飾はそのウォッチの存在意義をも揺るがすかもしれない。しかし丹羽の直感には、ある思いがこめられていた。

 戦闘の現場に身を置くのがミリタリーウォッチの宿命だとすれば、単に戦場ではなく、世界の平和のためにさまざまな形で活動する日本の精鋭たちが、どこにいても、誇りを感じることのできるウォッチ。そんな「自衛隊」ウォッチだからこそ、日本のモノ作りの技術や造形の美しさにも妥協したくない。
  デザイナーも丹羽の強い意志を感じ、側面部に第三の手法となるミラー(鏡面処理)を施す案を出した。二週間後、できあがってきたサンプルは誰しもが認めざるを得ないものになっていた。

「サンプルで上がってきたものに、あれこれ言って作り直しをさせるのは、僕としても心苦しいものはあります。そこまで行くのに現場がすごい手数踏んでいることは、よく分かってますから」
 図面の段階で判断する、あるいは、修正も机上で行うというのが通常だろう。しかし丹羽は何度も「作り直し」を選んだ。

 よく常識を疑えという。ただ、丹羽を見ていると常識を疑っている様子もない。軽やかに乗り越える、といった風情でもない。ただ、黙々と進む。歩みが止まることはない。

(文・市原 千尋)


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当初のプロトタイプのベゼルはミリタリーらしいといえばそうだが、めりはりに欠ける点は否めない。

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丹羽の指示によって垂直面が鏡面、天面がヘアーラインとなったモデル。数字がくっきり浮き出た。


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