2014.7.11

孤独な10年の道のり。

 市ヶ谷にある防衛省の庁舎ビル。そのかたわらにそびえたつ電波塔には国防に関する軽重の速報が電波にのって刻々と寄せられている。中央に大きな吹き抜けをもつ特殊なビルの構造は、万が一、攻撃を受けても倒壊しにくいデザインが採用されている。一見ふつうのオフィスビルに見えるこの建物の随所に、有事に生きてくる仕掛けが施されているにちがいない。

 ケンテックス・ブランドマネージャーの丹羽が通された部屋は少し奇妙なかたちに長椅子が置かれていた。テーブルを囲んでのL字型でお互いに正面を向き合わないようになっている。ドアは開け放たれたままで、つねに人が通る。ストッパーがかけられたドアに撮影機器持ち込みを禁じる外部向けの貼り紙。その横の壁には情報漏洩抑止を呼びかける内部向けの貼り紙。目の前の書棚には防衛関係の一般書。書棚の扉には小さなホワイトボートがかけられ、漫画家の直筆らしいキャラクターが描かれている。キャラクターのはじけるような笑顔が、この場の重力に微妙な効果を与えていた。

 丹羽を迎えてくれたのは柔和な物腰の自衛官だった。さわやかな色合いの制服にラインが入った肩章。左右両側についた胸ポケットは行動的な印象ながら、全体的には冷静なエリートの空気が漂う。その隣には後任とのことで丹羽にとっても初めての人物。同じ出で立ちだが、初対面のせいか表情はややかたい。二人とも制服を着ていなければ、家事や料理も自然にこなせそうな良きパパという感じだ。
 そんなやわらかな雰囲気の中にあっても丹羽は雑談ひとつするわけでもなく、まるで新米の営業マンのようにケンテックスとJSDFモデルの説明を最初のところからはじめた。
 20分ぐらいしたころ、もうひとりの自衛官が加わった。制服は同じだが肩章の意匠が異なる。上官だった。丹羽はまたしてもイチから説明をやり直した。誰かがあいの手を入れたり援護する様子もなく、淡々と丹羽の低い声だけが流れていく。いったいこの場は何なのか。丹羽の話が、10年間、JSDFモデルを展開してきたというところで、固い表情を崩さなかった上官の目もとに少しだけ変化が現れた。その瞬間、やっと気がついた。

 継続。

 雑談さえも憚られるオープンなスペース。特異な長椅子の並び。それは、けっして誰とももたれ合わぬという自衛隊の毅然たる決意だったのだ。だからこの建物にいるかぎり、丹羽はいつだって最初から話を始めなければならなかった。
 隊員用のウォッチを供給しつづけてきた10年の継続、そしてその積年の集大成である毎回の製品だけしか信頼を勝ちとる方法はない。だとしたら丹羽忍の10年は、何と厳しく孤独な10年であったことか。丹羽が製品の細部に至るまで鬼神のようにこだわり抜く理由が垣間見えたような気がした。

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防衛省本部の景観でも象徴的な電波塔。

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経験と人脈があっても、このフィールドではつねに新参者として始めなければならない。


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軟鉄ハニカムメッシュのダイヤル

 新トライフォースを顔で、もっとも特徴的な要素をひとつだけあげるとすれば、蜂の巣のようにハニカム形状の連鎖で構成されたメッシュだろう。子どものころ、戦車のプラモデルのルーバー部に、模型屋で別買いしたメッシュを張ると驚くほどリアルな感じになってうれしくなったものだ。このダイヤルのハニカムメッシュを見ていると、そのときの記憶がありありと蘇ってくる。しかし新トライフォースに施されているのは、プラモデルのような「リアル感」を出すためのパーツではない。耐磁・耐衝撃性能と太陽光給電の二つの要素を実用レベルで折り合わせた必然の産物といえる。

 太陽光下では5時間でフル充電となり、その後は光がなくても半年は稼働。
「隊員の活動を妨げない」ソーラー性能の基準をそのように設定すると、理論値上、ソーラーパネルの面積に対して最低30パーセントの透光率をクリアーしなければならない。一方、耐磁性能を担保するのはムーブメントを上下からはさみこむ軟鉄の鎧だが、ソーラーパネルの上に鎧をかぶせるという丹羽の考えは、常識破りな発想だったといわざるをえない。
  軟鉄の耐磁性を担保できる範囲で細かな穴をあける。これが丹羽が考えた秘策だった。穴の面積の総和が大きければ給電効率は上がる一方、耐磁性能は落ちる。反対もしかり。しかし両条件を満たす最大公約数は必ず存在する。丹羽はそう確信していた。

 こうして行きついたのがハニカム形状のメッシュだったわけである。その後、検査機関からファックスされてきた用紙を、丹羽は今でもデスクの曳き出しにしまっている。50.8%、49.8%、50.6%、50.8%、50.6%・・そこに並んだ数値は、丹羽の考えが間違っていなかったことを示していた。
 そうそう。彼の曳き出しの中では、もうひとつ、ささやかなテストが行われている。そこに収められて8ヵ月。そのムーブメントは、まだ動きつづけている。

(写真・文・市原 千尋)


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開発資料から。

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平均で透光率50パーセントを確保した軟鉄ダイヤル。


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