2014.6.25

日本の防衛中枢に入る。

 雨の予報だったはずが、強い日射しが外堀に沿った都心の道路に照りつけていた。道行く人は少しうらめしそうに空を見上げながら通りすぎていく。そんな中、陽炎のむこうに銃を脇に立てた儀仗兵が直立不動で立っている。その制服がまぶしいほど白い。
  ここは東京市ヶ谷の防衛省本部。防衛大臣を筆頭に、文官である「内局」と、武官である「四幕」、つまり陸、海、空の三自衛隊と統合幕僚監部が結集する日本の防衛中枢である。正門の横には小さな平屋の建物があり、カウンターをはさんで四人の女性がすわっている。部屋はガラス張りで、記入用の台の上には筆記用具や申請書のかわりにタッチデバイス。
 顔写真とICチップの入った通年パスを持っている者はこの記入台を素通りし、奥のゲートに進むことができる。男は慣れた手つきで首からさがったバスをセンサーにかざしゲートを進んだ。190センチを越える頑健な体軀を少し窮屈そうにスーツで包んだ男は、文官にも見えなかったし制服組でもなさそうだ。

 丹羽忍。ケンテックスの防衛省ラインをゼロから立ち上げ、現場の自衛隊員とともに数多くのモデルを世に放ってきた。そして今、ケンテックスの取締役であり、ブランドマネージャーである。

 敷地の中を進むと強いビル風が吹き下ろしてきた。ひとけはほとんどなく、黒塗りのクルマが並んで待機している。ここは大臣や高級官僚の領域らしい。この空間を横目に通り過ぎ、建物と建物のあいだの中庭に出ると、どっと押し寄せてくる人の動きに圧倒された。
 迷彩服に身を包み機関銃を手にした者、海外派兵を思わせる大きなカートを引く者、 白い海軍を思わせる制服を着た者、グレーがかった水色のさわやかな制服を着た者。スーツ姿や作業着風もいる。いかつい顔つきもいれば、エリート然とした顔に、出入り業者までが入り乱れる。まるでコスプレの祭典だ。しかし、目の前を行き交う銃器はコスプレではない。黒々とした銃身は周囲の光を吸収する闇のような真実だった。

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東京・市ヶ谷の防衛省庁舎。日本の防衛を担う中枢で、大臣を筆頭に、内局と制服組双方のトップが常駐する。

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庁舎内部の吹き抜け構造。どの方角から攻撃を受けても建物が倒壊しないように設計されているという。


「トライフォース」をつくった男

 ひんやりとした空気の庁舎に足を踏み入れると、さらに厳重なゲートが待ち構えていた。丹羽は慣れた様子で身につけた金属製のものをはずしていき、トレーにおさめた。金属探知ゲートをくぐると、今日は鳴りませんでしたね、と警備員と軽く会話を交わす。
  エレベーターの中には行き先階ごとに部署の名称が記されている。眺めているだけでめまいがしそうな名前ばかりだ。日本の防衛中枢を突貫しながらエレベーターは上昇し、ドアが開いた。
 外観からは分からなかったが、巨大な吹き抜けが中心を貫く「回」の字のかたちのフロア。中央の吹き抜けを取り囲むように廊下がわたされている。下をのぞくと各階の動きが見える。映画のようだった。
 このフロアを特徴づけているのは、アクリルケースにおさめられた模型。残念ながら、言えるのはそこまでだ。ここからは撮影機材を持ちこむことはできない。機密漏洩防止を呼びかけるポスターがあちこちに張られた部屋に通された。皆、忙しく立ちまわっている。
 丹羽が手にさげた袋には、長い時間をかけて隊員たちと育ててきた新トライフォースのプロトタイプが入っているはずだ。陸海空と統幕・・自衛隊のすべてをシンボライズしたトライフォースは、企画そのものから困難、正確には「限りなく困難」なものであったといわざるをえない。それはのちにつまびらかにするとして、今はこの男の話をしよう。

 丹羽忍は、もとはケンテックスファンの一人だった。入社後にひとり目の子どもが生まれ、今では三児の父となった。そんな彼が入社前から、ずっと続けている習慣がある。

 週末、まだ暗いうちにモーターサイクルで川越の自宅を出る。向かうのは秩父の山。
 乗っているBMW社製のGS1150アドベンチャーも、たどるルートも入社前から変わっていない。空冷水平対向エンジンも今では十万km。だいぶくたびれてきたが、しっかり整備されている。
 次第に標高が上がり、山の森閑な空気を切り裂いて進んだ先は、ちょっとしたバリエーションがある。気のおもむくまま未舗装の林道を分け入っていくこともあれば、牧場で日の出を見るだけのこともある。とにかく家族が起きる前には家にトンボ帰り。帰りに家族の好きなパン屋に寄って朝食を買うことも忘れない。それを、ずっと続けてきた。

 このささやかな儀式ともいえる時間について、彼はこうブログに記している。

 

  こだわることに、こだわる。

  時には「価値観」という名で武装し、

  時には自分への言い訳とする。

  こだわりの正しさを証明できるのは、

  長い時間をともにしてきたという事実。

  これまでの長い時間と、これからの長い時間。

  間違うこともあるけれど、

  こだわることに、こだわりつづける。(am4:00 秩父高原牧場にて)

 

 丹羽忍とは、つまり、そういう男である。

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完成品のケースバック。ここにも、こだわりが詰まっている。

そのシースールーは何を見せるのか?

 ケースバックをスケルトンにすると丹羽が言ったときの驚きが忘れられない。
 ムーブメントの美しく精緻なメカニズムを見せるメリットがある機械式ウォッチならば分かる。耐衝撃と耐磁性をマストとした自衛隊のための堅牢なウォッチに裏スケルトンとは・・。丹羽はこの無骨なまでに実用性を突き詰めたウォッチの、いったい、何を見せようというのか?

「軟鉄を見せます」

 誰もが口をあけて丹羽の顔を見た。メーカーの常識では軟鉄はむしろ隠すものだ。
 ふだんから無口な男である。週末恒例の単騎・朝駆けを終えたあとも、シャワーを浴び、起きてきた家族と朝食をとる。そして何食わぬ顔で地元の草野球チームの選手兼監督としてグラウンドに向かう。余計なことは口にしない。その丹羽が、軟鉄を見せる、と言う。

 丹羽の頭の中ではこんな構想を描いていた。軟鉄を背景としてガラスの裏側に文字かマークを印刷すれば、まるでそれが浮いているかのような不思議な効果が出るのではないか。唯一無二のウォッチであるために、こんな細部でも試行錯誤が始まった。

 試作を頼んでいた工場から報告があがってきた。

・・・ガラスの文字色と軟鉄のバランスが問題。

  丹羽はいく通りかの組み合わせを呈示し、またも試作にまわす。ふつうだったらコンピューター上でシミュレーションできることかもしれない。しかし丹羽は自分の目で、自分の手にしたときの直感を重んじる。丹羽の熱意を知っている工場側も、ぎりぎりまで彼の要求に応えようと努力をかさねた。上がってきた最終候補は4つ。

●0810 (ゴールド軟鉄&ガラスガンブラック文字)
●9511 (IPメッキ軟鉄&ガラスガンブラック文字)
●3058 (ガンブラック軟鉄&ガラスゴールド文字)
●6059 (ガンブラック軟鉄&ガンブラック文字)

当初の想定では「9511」だったという。試作の結果「9511」は候補からはずされ、軟鉄にガンブラック処理を施した「3058」と「0810」が残った。ガラスにプリントされた文字色と軟鉄に施されたメッキ処理のバランスを突き詰め、軟鉄のもつ「質感」をあぶり出す。こうして「3058」がミリタリー感と存在感の双方を兼ね備えるものとして採用が決まったのである。

(文・市原 千尋)


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耐磁構造のカナメとなる軟鉄の試作品。ニッケルメッキ(左)、ニッケルメッキ+ゴールド(右上)、ニッケルメッキ+ガンブラック(右下)。

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シースルー構造を担うガラス板へのプリントとの色の相性を探る。コンピューターのシミュレーションでは終わらせない。そのものを手にとって考える。答えはひとつとは限らない。


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