2015.11.24

腕時計の腕時計たる理由

バンドこそは腕時計の「腕」時計たる理由であるし、「腕時計パーツの中でも最も安い部類だが、最も欠くべからざるもの」だとさえ言われる。20世紀初め、実用性の観点から懐中時計を革紐などで腕にくくりつける飛行機パイロットや兵士たちが現れたことで、腕時計の普及が始まった。彼らにはポケットをまさぐって懐中時計を探したり、手を滑らせて落としたのを拾い直す余裕がなかったのだ。それ以前にも腕時計は存在したが、それはほぼ、一握りの貴族女性がブレスレットの延長として時計機構を内蔵させたものであって、ワンオフ品であるし、当然普及はしていなかった。

懐中時計の自力改造が出発点だっただけに、初期の腕時計の「ラグ」は、単なる鍋の取っ手のような細い針金状の部品であった。そこに革バンドを結び付けたわけであるが、その後2本の支柱の間に脱着可能な軸を通す現代式のラグが登場したことで、革以外のものも含め、バンドの付け替えが容易となる。なお、最近では外から明確にわかるラグ部がなく、本体から直接バンドが生えるような、「ラグレス」型の腕時計も存在する。

バンドには大きく皮革と金属の2大グループがあり、そこにナイロン、ゴム(ラバー)などの新素材が加わってくる。バンドの基本的なつくりを説明しておくと、下図のようになる。

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腕時計バンド(革など)の各部。

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腕時計バンド(金属)の各部。


皮革

革バンドは大雑把にまとめると、芯材を表材と裏材で単純に挟む(「切り身仕立て」)か、または芯材を表材(「へり返し仕立て」)か裏材(「フランス仕立て」)でくるみ、もう一方を貼りあわせた構造をしている。通常、表材のほうが高級な素材を使うので、その必要量が増えるへり返し仕立てが一番コストがかかるが、評価もこちらが高いようだ。表にしろ裏にしろ、仕立てが雑だとくるみこんだ部分が段差になってしまう。特に剣先部は周囲からの折り返しが集中するので、アラがあると目立ち易い。また、全体が均一な厚みであるよりも本体との接合部が厚く、先端が薄くなっているもののほうが、耐久性や着脱性に優れるとされる。

素材は牛、豚、馬などのほか、ダチョウ、ワニ、ヘビ、果てはサメやカエルに至るまでさまざまである。材質は外見の差のほかに、汗を吸った場合を含む耐久性・防水性や、アレルギー体質にも関わってくる。

生皮をなめしただけの最も純粋な本革は傷がつき易く、寿命が短い(在庫の保存もしづらくなる)。もっとも、そうした自然な傷こそが、使い込んだ本革に風格を与えるとする見方もある。革の匂いも感じられるだろう。表面を顔料でコーティングしたものは、顔料が厚くなるにつれ、寿命が延びる代わりに本革の風合いは失われる。

むろん全くの合成皮革もある。驚くべきことに100円ショップで売られているものまで。出来の良いものは本革と見分けにくいが、爪で押してみると天然皮革はすぐ元に戻るのに対し、合成皮革は弾力性が弱く回復に時間がかかる。

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革バンドの主な仕立て方法。個人で金属バンドを自作することは困難だが、革は自作するユーザーも存在する。

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ステッチ(縫い目)の主な種類。クローズドやボックストはバンド幅が広い場合に見映えが良いとの意見もある。いずれにせよ、太い糸で裏面まで丁寧に縫われているものが良いだろう。


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ケンテックス・トゥールビヨンクラシック4(ワニ)。装飾性が高いほか、水や汗に強い。

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ケンテックス・コンフィデンス2010(ワニ革風の型押しが施されたカーフ=仔牛)。牛は年齢・性別によってカーフ、キップなど数種類に細分される。カーフは大人の牛より柔軟でキメ細かいため、珍重される。


金属

金属バンドがいつ発明されたのかと言えば、少なくともロレックスの創業者ハンス・ヴィルスドルフが「フレキシブルな金属バンドが1906年に発明された」ので彼の時計のオプションとして採用した、と発言してはいる。しかし前述の通り、婦人用アクセサリーとして金属ブレスレット(フレキシブルではないだろうが)と一体化した腕時計が存在した上で普及型の腕時計が登場したのだから、金属バンドは「はじめからあった」アイデアだと推測できるだろう。時計本体ケースに関しては、1929年の世界恐慌を機に貴金属からステンレス等への切り替えが模索され始めたと言うから(ステンレスの発明は1913年、ステンレス時計に実用化のめどが立ったのは1934年ごろ)、金属バンドも当初はおそらく貴金属が主流だったのではあるまいか。現在はステンレス、チタン、真鍮などが主流で、必要に応じメッキもされる。

形状としては、横に3~7個前後の駒を一連として繋いだものがメジャーだが、鎖状のもの、駒型と鎖型の組み合わさったもの、鎖が非常に細かくなったメッシュ状のもの、真っすぐな板状のもの(実はごく細い角枠を連ねて中に芯材を通している)などがある。一般に構成要素が細かいほうが柔軟に手首に添うが、かといってメッシュ型などは服の袖を痛め易いといった欠点もある。また、個々の駒は完全に無垢な削り出しブロックのものもあれば、金属板を曲げてブロック状に巻いたものや、軸を挿さずにそのまま連結できるクリップ状のもの(ボンクリップ)もある。

金属だと個々人に合わせた長さ調整が問題となるが、駒型なら比較的簡単に外れる「足し駒」が設定されている(矢印で示されていたり、板の曲げが弱めで隙間が見えたりする)か、メッシュ型などでそれが難しい場合はバックルの位置を動かせるスライド式になっている。足し駒式の場合、買って調整した後に使用者が痩せたならともかく、太ると厄介であるが。


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ケンテックス・スカイマンパイロット(ステンレス)。ステンレスは鉄にクロムその他を加えた合金で、クロム18%・ニッケル8%の「18-8ステンレス」などが代表的。表面に酸化被膜ができることで内部をそれ以上の酸化(錆び)から守るが、塩素などに浸けたり別種の金属と接していたりすると錆びるので過信は禁物である。形状としては良くある3連駒のタイプで、駒は無垢削り出し。

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ケンテックス・クラフツマン(チタン+IPめっき)。チタンもまた錆びにくいほか、軽い割に強い、熱伝導率が低いためひんやりしない、金属アレルギーを起こしにくい、などの好ましい特性がある。チタンIPめっきについては別稿記事に詳しい。こちらは特殊な駒形状をしている。


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ケンテックス・スカイマンS683(チタン)。5連駒も良くあるタイプだが、これは駒に傾斜がついた特殊なもの。

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デジタルでは、一見バンドのみで本体が無いように見える「フェイスレス時計」も存在する。


その他の素材

1935年に発明された画期的なナイロン繊維は、すぐに時計バンドにも応用された。一般に良く「NATOストラップ」と呼ばれているが、NATOストラップとは厳密には1973年の英国防省規格66-15に則ったものを指し、ナイロンバンド自体はそれよりずっと前から使われている。60年代の「ベトナムウォッチ」にも採用されているし、64年の映画「007ゴールドフィンガー」に登場する、急場しのぎのような細いナイロンバンドを無理やり装着したロレックスサブマリナー6538(しかも主人はスーツ姿である)は、「ボンドウォッチ」として有名だ。バンドが縞模様なのはボンドが海軍中佐という設定だからだとも(海軍中佐の階級章は太い金筋3本)、単に撮影スタッフの私物を使っただけとも言われている。なお、古い白黒映画だけに縞の色は黒とグレーだと思われていたが、最近の解析により正しくは濃いネイビーブルーとオリーブグリーン、さらにその間に細いワインレッドの線があると判明した。

ナイロンの発明者ウォーレス・カロザースは、1930年には世界初の合成ゴムも発明している(うつ病により、ナイロンの量産化を待たずに自殺してしまった)。合成ゴムをはじめとする合成樹脂類もまた、60年代から時計バンドに使われるようになる。伸縮性や完全な耐水性があることから、特にダイバーズウォッチに最適だ。深海では水圧により手首が細まるので、ひだ状に加工するなどして伸縮性を一層高めたものもある。

他には布、カーボン繊維、セラミック、木材などの素材も存在するし、表裏で異なる素材を貼り合わせることもある。真っすぐなバンド状をしていない、完全な装飾ブレスレットの延長という位置に「先祖返り」した女性用時計もあり、機能上制約の多い本体部以上に、バンドには各メーカーが独自性を競っていると言えるだろう。


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ケンテックス・JSDFソーラースタンダード(表:バリスティックナイロン、裏:革)。カロザースが属した米デュポン社はナイロンを「鋼鉄より強く、蜘蛛糸より細い」のキャッチフレーズで売り出した。1940年に発売されたナイロンストッキングは、初回生産分500万足が4日で売り切れたという(代わりに日本製の絹ストッキングは壊滅した)。当時のキャッチフレーズは若干大げさだった可能性もあるが、最近の合成繊維は本当に密度比強度で鋼鉄を数倍するほどになり、バリスティックナイロンも防弾チョッキに使用される素材である。

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2008年のケンテックス・スカイマン3(ラバー、廃盤)。現在ケンテックスは全て革、金属、ナイロンのいずれかなので、今となっては珍しい。