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ギャレットマルチクロン・パイロット・プチ

スイス・ギャレット社、1942年
マルチクロンパイロット(1940)の女性用バージョン。渦巻型タキメーターや時差用回転ベゼルなどを備えるが、パイロットクロノグラフとは思えないほど小さく、繊細なデザインである。

ごつい男性用はイヤ

1466年創業という老舗中の老舗・ギャレット社(登記は1826年)の看板シリーズに、「マルチクロン」クロノグラフがある。1936年の「マルチクロン・クラムシェル」は世界初の防水クロノグラフで、軍用含め15年間に10万個以上が生産された。1940年の「マルチクロン・パイロット」はその防水性を受け継ぎ、さらにテレメーター、渦巻型タキメーター(航空用だとタキメーターが1周では足りないための策であり時速20~400kmまでの表示がある)、時差対応用の回転ベゼルも備えていた。
そのマルチクロン・パイロットの女性用がこの「プチ」で、上記の各機能を保ちながらもケース径28mmという小ささに収められている(男性用は35mm)。本体に比して不釣り合いに大きいクロノ用ボタンも特徴と言えるだろう。ただ竜頭はそこまで大きくもなく、手袋をはめた状態では回しにくそうだ。針も男性用が大きな菱形なのに対し細い棒状であり、全体的にも線の細い印象のデザインである。
男性用では女性パイロット(あるいは地上勤務の軍属なども含む)には馴染まないという需要があったわけだが、しかしパイロットウォッチは本来、数字も針も大きくて見易いことが重要である。全体が小さい上に複雑な渦巻型タキメーターなどを詰め込んだこの時計を揺れる機内で読めというのは、実用上は無理がありそうだが、それでもこのプチの生産は1942年から戦後の1948年まで続いた。また、「パイロット」ではない一般型ベースの「マルチクロン・プチ」も1939年すでに登場しており、こちらはさらに小さい26.6mm径で、当時最小のクロノグラフであった。

空の女性たち

1903年ライト兄弟の初飛行後、確実ではないが、1908~1910年ごろには女性による初飛行(単独または同乗)があったらしい。当時女性パイロットなどというものは変人扱いであったが、戦争中は人手不足の結果、多少はそうした例も増えていった。
戦闘パイロットだと、ソ連軍には「スターリングラードの白百合」リディア・リトビャク上級中尉や「魔女爆撃隊」など比較的多く存在した。戦闘員以外では、ドイツのテストパイロットで陥落間際のベルリンへ強行突入・脱出したハンナ・ライチュ、英空軍の機体輸送任務を請け負った航空輸送予備部隊(ATA、通称アタガールズ)などが有名だ。今年5月には、元ATAで92歳のジョイ・ロフトハウスが70年ぶりにスピットファイア戦闘機を操縦してニュースになっている。米空軍にも1000名を超す女性パイロット部隊(WASP)が存在したが、実戦投入は実現しなかった。それに対し日本では1937年、女性の飛行行為が禁止(一切の機内立ち入り、ではなく操縦のみか?詳細未確認)されてしまっている。