何もない。だから生まれたガラスの町。

琵琶湖の北部、湖北に位置する長浜は、かつては畿内と北陸、美濃、信州とを結ぶ交通の要衝で、織田信長配下にいたころの豊臣秀吉の拠点でもあった。その保護のもと商業がおおいに栄え、近江商人の活躍により琵琶湖沿岸の中核都市へと成長していく。

昭和の高度成長期、東海道新幹線や名神高速道路が開通すると、それらのルートからわずかにそれた長浜はかつての存在感と輝き急速に失なっていく。中央商店街は衰退し、ひどいときは一日の通行人が数人という状態に陥り、空洞化とシャッター街という命運をたどろうとしていた。

ところが1988年、町のシンボルでもあった銀行の建物が老朽化で取り壊されることになったのをきっかけに、町衆が資金を出しあって保存に動きだした。ただ、町おこしをと思っても歴史的遺構をのぞけば目立った観光資源も特産品もない。古い町なみを生かしつつ、地場産業とも競合せず、若い世代に行ってみたいと思わせるシンプルな理念はないものか。知恵を出しあって出した結論が、世界的なガラス産地をめざすというものだった。

現在では、黒壁ガラス館は10年以上にわたって滋賀県での観光客動員数ナンバーワンを誇る施設となり、県のトップ5の施設のうち4つは長浜が占める。私たちが訪れた日も、ゴールデンウィーク前の平日だったにもかかわらず、観光バスから吐き出されたたくさんの人々が、落ち着きと瀟洒さをまとったガラスの町に吸い込まれていった。

(文・写真:市原千尋)

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黒壁ガラス館はその名のとおり黒壁が特徴の古い洋館。もとは銀行の建物だった。

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黒壁ガラス館に隣接する黒壁ガラススタジオ。館内にはさまざまなガラス工芸品が展示されている。

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黒壁ガラススタジオの奥の工房では作業の様子をガラス越しに見ることができるほか、吹きガラス、ステンドグラス、バーナーワークなどのガラス工芸の体験教室もある。

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琵琶湖沿岸で昔から作られてきた名物の鮒ずし。琵琶湖の固有種のニゴロブナやゲンゴロウブナを原料とし、米や麹と合わせて半年以上、発酵させる。酢は使わず、酸味は発酵によるもので寿司の原型「熟れ鮨」の一種。その味と香りは、強烈な食体験になるはずだ。


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かつての交通の要衝の名残りを見せる北国街道。往時をしのばせる古い建物と瀟洒なガラスの組み合わせが不思議な相乗効果を生み出す町だ。今回の旅のお伴はマリンマン・シーホース。セラミックベゼルを装備したメイド・イン・ジャパンの機械式ダイバーウォッチ。ガラス館の中庭にあるガラス造りの噴水を背景に撮影した。

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