2015.5.22

原始的な時計

まだ機械式時計が存在しない頃、時刻を知る道具としては日時計や、水時計あるいは砂時計(水あるいは砂粒が落下する所要時間を基準とする)、火時計(ロウソクや線香を燃やして残り長さを見る)あたりしかなかった。例えば砂時計の精度は最近の、密度の重い砂鉄を使用したものでも1分間に誤差1秒程度らしい。おそらくスタート時点で砂が水平・均一に堆積しているかどうかにも影響されるだろう。そもそも当時、3分なら3分という長さの「本当の正解」が判らない以上、ある砂時計が正確かどうかという考え自体がナンセンスだったはずだ。
せめて太陽を基準とする日時計が完全に信用できるならば、3分砂時計を480回(全くタイムラグのない神業のような手際で)ひっくり返すことで、1日あたりの誤差が知れたのであろうか?残念ながらそれも期待できない。地球の軌道は楕円であり公転速度は完全に一定ではなく、自転軸(地軸)も傾いている。このため太陽が南中する時刻は、季節によって±15分程度もの誤差があるのだ。
むろん古代の人々にそれほど厳密な時刻は必要なかったが、やがて宗教上、毎日一定の時刻にお祈りなどをする需要が発生していった。

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中国式の水時計である「漏刻」。最上段に補充した水がサイフォンを通して落下し、最下段に浮いている目盛り付きの浮きが上がっていく。サイフォンの流速は水位差(の平方根)に従って変化してしまうので、水の補充の仕方に応じて狂いが出そうに見えるが、サイフォンが4段に分かれていることで誤差が次第に吸収され、最終的に最下段では割と安定した流速になる。紀元前後には実用レベルにあったらしい。日本では中大兄皇子が初めて製作したといわれ、その故事から6月10日が「時の記念日」に決まった。

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西洋式の水時計である「クレプシドラ」。漏刻と違って1段式であるが、常時漏斗の水をあふれさせておくことで流速を一定に保つ。浮きには歯車が付いており、時針を動かすことができた。紀元前3世紀ごろ。


機械式時計とホイヘンス

歯車を使った機械式時計の先祖は、10~11世紀ごろ誕生したらしい。はじめ、町の中心には教会の時計塔が鎮座し、教会の僧侶のみならず全住民の生活サイクルに睨みを効かせていたが、16世紀ごろまでには小型化され(徳川家康所有の1581年製西洋時計は底辺10.5cm四方×高さ21.5cmで重量2.8kg)、裕福な人は個人で懐中時計を所有するに至った。だが当時の時計の誤差は据え置き時計で日差15分程度、懐中時計ではなんと数時間あったという。
17世紀、これを一気に改善したのが物理学や天文学にも名前が登場する、オランダのクリスティアン・ホイヘンスであった。ホイヘンスは「振り子時計」を発明し、据え置き時計の誤差を15分から1分に縮めた。振り子時計は、紐でおもりを吊った振り子の往復時間が常に一定であることを利用する。摩擦や空気抵抗による減速、温度による振り子の膨張、緯度などによる重力の差(緯度が低かったり標高が高いと地球の重力は弱くなり、振り子は遅くなる。パリで正確に合わせた振り子時計を南米ギアナに持ち込んだところ、1日に2分半ほど遅れたという)などが誤差要因になりうるが、19世紀までには誤差は数十分の1秒にまで減らされている。一見旧式な振り子時計は、実は全くバカにできない高精度時計なのだ。
さらにホイヘンスは振り子を組み込めない懐中時計においても、「テンプ」によるペース制御法を編み出した。これも、重力によるものではなく弾性力によるものであるが、ヒゲゼンマイが締まったり緩んだりを繰り返す単振動の周期を利用した調速機構である。これにより、数時間の誤差は10分にまで縮まった。

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ホイヘンスの振り子時計の中心部。おもりに引きずられて回転しようとするガンギ車を主動力とし、それに振り子が一定周期でストップをかける。1657年ごろ。振り子時計のアイデアは振り子の等時性を発見したガリレオがすでに考案していたが、存命中に完成させることはできなかった。ホイヘンスの振り子時計は100年後、「とけい座」という星座にもなった。

クリスティアン・ホイヘンス(1629-1695)。土星の衛星タイタンや、土星の環が円盤状の環であることを発見した人物でもある。土星の環もまたガリレオが初めて観測しているが、環であることまでは判らなかった。画像はwikipediaより。


航海時計の挑戦

18世紀、海洋大国イギリスの時計師ジョン・ハリソンの挑戦についても、紙幅を割かねばならないだろう。当時イギリスは本国から西インド諸島植民地に向かう航海において、揺れる洋上でも使用可能、かつ日差3秒以内の時計を必要としていた。星の位置と現在時刻を照らし合わせることで経度を知るためであり、これがいい加減なら船は大西洋の真ん中で簡単に遭難する。地球は24時間で1周4万kmを回転するから、20日間の航海で誤差1分でも経度にして4分の1度、つまり赤道上で30km近い、あるはずの島が見えなくなるに足るほどの位置推定誤差を生じてしまうわけだ(緯度のほうは北極星の高度などから比較的容易に推定できる)。1714年、英国会はこの発明に2万ポンドという巨額の懸賞金をかけ、それに半生をかけて挑んだのがハリソンだったのである。
ハリソンは、温度膨張をしにくい木製の振り子時計を動揺対策としてスプリングで吊ったH1号(1736年)、金属化しテンプを採用したH2号(1739年)、バイメタル採用で熱膨張を打ち消したH3号(1757年)、大型懐中時計サイズのH4号(1760年)・H5号(1764年)と、いずれも実地テストで好成績を修めた時計たちを披露した。H5号などは日差0.1秒という正確さであったが、英当局は何だかんだと難癖を付けて賞金の支払いを拒み、ハリソンは国王に直訴の末、死ぬまでにやっと1万8千ポンドあまりを受け取ることができた。
こうした特注的時計を量産するとなるとまた難題ではあったが、折よくイギリスは産業革命期に入り、安価に大量の時計を製造する道が開かれた。イギリス以外ではアブラアム・ルイ・ブレゲやピエール・ル・ロワを擁したフランスも、精密時計先進国であった。また、英仏の二大巨頭体制に危機感を覚えたスイスは、国際的な精度コンクールを主催するなどして存在感を守り、のち1973年にスイスクロノメーター検定協会が誕生するに至る。

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ハリソンのH3号。1757年ごろ。ローラーベアリングや、温度が高いほどテンプのテン輪が膨張し慣性モーメントが増大してしまう(半径が広がって回転しにくくなる)のを相殺するため昇温に従って膨張率の違いから内側に曲がるバイメタル(二層金属)素材を採用した。かなりの野心作だが、ハリソン自身はまだ満足ではなかったらしい。英グリニッジ国立海事博物館所蔵。高さ2フィート(60cm)・幅1フィート(30cm)・重さ60ポンド(27kg)、最前面の文字盤が白い以外は全体が金色(おそらく真鍮か)に輝いている。

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ハリソンのH4号。1760年ごろ。こちらは銀色で、ダイヤモンド部品使用の垂直脱進機を採用、内部にも精巧な唐草模様の透かし彫りが入った、贅を尽くした逸品でもある。秒間5振動(1時間18000振動)の、当時としてはハイビートな時計であった。ケース径5.2インチ(13cm強)の懐中時計サイズでありながら9日間の航海で24秒遅れ、さらに81日間の航海でその24×9=216秒の想定遅れを較正して5秒遅れという好成績を示した。


「旋風」トゥールビヨン

前述のブレゲは様々な野心的発明をしているが、1801年「トゥールビヨン」機構で特許を取ったことが知られている。トゥールビヨンはフランス語で「旋風」「渦巻き」などの意味を持ち、これも時計の精度向上のための、革新的ではあるがもはや偏執的とさえもいえる策だ。
振り子時計はむしろ重力がなければ動作しないが、テンプのヒゲゼンマイは渦巻き状をしており、重力によってたわむ。この変形によって時計に誤差が生じるのだ。一般にヒゲゼンマイが水平であれば遅れがち、立っていれば進みがちになるとされるが、同じ直立姿勢でもどの方向が上かによって狂い方の傾向は変わる。まだ腕時計の時代ではないため、据え置き時計はもちろん、懐中時計であっても大抵はポケットの中で同じ姿勢を取り続けるから、同じ傾向の誤差がしだいに累積する。そこでトゥールビヨンはテンプ全体を「キャリッジ」と呼ばれるカゴに収め、隣接する4番歯車(秒針を司る)を軸に常時回転させておくのだ。これにより、重力の影響を消し去ることはできずとも、各方向について平均化させようという目論見である。ただし製造は困難を極め、家が買える値段のトゥールビヨン時計も多い。
腕時計の場合はトゥールビヨンに頼らずとも、自ずと時計の姿勢が分散されてくれるのだが、現代の機械式腕時計の精度コンテストでも、しばしばトゥールビヨン機が上位を独占する。これは必ずしもトゥールビヨン自体の効果というよりも、トゥールビヨンを作れるだけの工房技術が理由かもしれない。下手な工房にやらせれば、機構が複雑で摩擦の多いトゥールビヨンはかえって誤差原因になりかねないであろう。それだけに大吟醸酒のような、工房の技の看板ともいえる製品であり、トゥールビヨンの全貌を余さず晒すために回転軸の文字盤側に支えをなくしたフライングトゥールビヨン、平面上だけではなく立体的全方向にテンプを回転させるジャイロ状の2軸・3軸トゥールビヨン、トゥールビヨンが丸ごと2つあるダブルトゥールビヨンなど、個性的なバリエーションが誕生していった。

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機械式時計の構造として、4番車と秒針が主ゼンマイの復元力を受けて一気に回ろうとするが、テンプの反復回転に伴いテンプと4番車を結ぶガンギ車に一定時間ごとにストップがかけられ、秒針は1分間に1回転しかできない(4番車に連動する他の針や歯車もそれに従う)。トゥールビヨンの場合、テンプやガンギ車はキャリッジに収まった状態で丸ごと、秒針を進ませるたびに自分自身も4番車の周りを周回する。これは一例であり、秒針を4番車でなくキャリッジのほうに置き、キャリッジを1分1周ペースに調整することで、秒を司らせるものなどもある。

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ケンテックストゥールビヨンクラシック4。ケンテックスは、価格を抑えつつ国内メーカー初のフライングトゥールビヨンを実現した。


原始的時計から原子的時計へ

やがて機械的誤差要因の少ないクォーツ時計が一般市場を席巻する時代となる。ただしクォーツはあくまで普及用時計で実用充分な精度を出せるということであり、クォーツだから絶対の高精度というわけではない。クォーツなら微細な結晶構造やカット形状など、最終的に時計の誤差は個体差による部分が大きい。道端で15ドルで売っていた偽ロレックスクオーツが日差数百分の1秒を誇ったという話もある。逆に誤差が大きくてもその傾向が一定なら、個々の微調整で解決可能である。機械式の場合、時計工房にある歩度試験機は時計の「チクタク」音のペースを聴き取ることで、実際に丸1日放置しなくとも遅れ・進み量の予測ができる。それに応じてテンプの重量バランスなどを調整すればよい。最近では歩度試験機のPCソフトもあり、別途集音装置(エレキギター用のピックアップとアンプでも事足りる)を用意すれば個人でも歩度試験が可能だ。
そして現代における絶対のマスタークロックはクォーツ時計から発展した、誤差数千万年に1秒という「原子時計」である。ここまで来ると、むしろ地球の自転周期・公転周期の方が「不正確」なぐらいだろう。これは、特定の原子(例えばセシウム原子)は正確に特定の周波数の電磁波しか吸収しないという性質を用いるもので、その電磁波のひと山が通過する時間をもって基準とする。世界標準時はこうした原子時計数百個の、さらに平均をとって慎重に決定されている。いまやパソコンや携帯電話、電波時計はそうした標準時刻の「ラジオ時報」を自動的に受信し、常時正確な状態に保たれているのだ。
ただし皮肉なことだが、日本では佐賀と福島の2ヶ所あるそうした時報電波の発信所のうち福島局が、福島第一原発事故の避難圏内に入ってしまい、まさに原子力のせいで、1ヶ月あまりにわたって使用不能となった。このため佐賀からの電波が届かない東日本ではその間、あらゆる電波時計が、時報電波の直接受信によっては時計合わせができなくなってしまっている。