井戸からまさかのオオウナギ。

 長崎県は県土の多くが大小の島々と半島で成り立っている。県別の海岸線の長さランキングでは北海道にわずかに及ばず全国第二位で、三位以降を大きく引き離す。面積では北海道の20分の1以下、全国47都道府県中37位だから、いかにこの県が複雑で長大な海岸線に取り囲まれているかが分かる。樺島は長崎半島の南端にある島で長崎市に属し、本土とは樺島大橋で結ばれている。
 大橋を渡って海岸線沿いに進むと小さな漁港に出る。漁港のすぐ裏手は山で、水路に沿ったわずかな平地に家が軒先をつらね集落を形成している。猫が泰然と歩く路地の奥にひっそりとたたずむ共同井戸で、丸太のようなオオウナギが棲んでいるのが発見されたのは大正時代のこと。その後、オオウナギの生息北限として、この小さな井戸のウナギが国の天然記念物に指定された。

 

樺島

天草灘に突き出した長崎半島の南端。そのさらに先にある樺島は本土とは樺島大橋で結ばれている。写真中央の赤い橋が樺島大橋。

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樺島の集落の路地。猫が堂々と歩いている。

 

一躍全国に名を知らしめた8代目うな太郎。

 オオウナギは蒲焼きで親しみ深いニホンウナギとは別種。ウナギ科に属する18種類の中でも、世界的にもっとも広範囲に分布しており、成長すると大きなものは体長2メートル、体重は50kgにもなるという。

 それにしても。1.6メートル四方、深さ3メートル余の石積みの井戸である。何も知らず、ふと、この井戸でオオウナギと目が合った人は度肝を抜かれたことだろう。そもそもどうやってこんな大きな魚が入り込めたのだろう。かつて初夏には水路の水面を真っ黒に染めて遡上するウナギの仔魚が見られたというから、そんな仔魚の一尾が石のすきまを通り抜けて井戸に入り込んだと考えられている。エサをどうしていたのかなど不思議なことも多いが、寿命40年とも50年ともいわれ、深海で産卵するなど生態に謎も多いオオウナギ。井戸の中で何十年も過ごすうちに這い出せないほど大きくなってしまったということだろうか。

 井戸のオオウナギが天然記念物に指定された大正時代から、樺島周辺で捕獲されたオオウナギを井戸に放って名物としてきたが、7代目以降は他県から譲り受けたものになった。1986年から8代目となる「うな太郎」は全長159cm、胴回り47cmの堂々たる体軀で全国にその名をとどろかせ、地元をはじめ多くの人に愛されたが2011年2月24日に息をひきとり、井戸のわきに墓がつくられ大切にされている。

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集落の中の路地を裏山の手前まで進むと、くだんの井戸が。コンクリート造りのふつうの共同井戸で、ウナギ保護のためなのか頑丈な金属製のふたと錠前。

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井戸のかたわらにある八代目うな太郎の墓には花が添えられていた。

 

 ウナ子とウナ次郎。

 現在、井戸にオオウナギの姿を見ることはできないものの、井戸横に設置された水槽に雌雄のオオウナギ「ウナ次郎」「ウナ子」 が飼育されている。七代目以降は他県で捕獲されたオオウナギを放流してきた経緯があるが、このウナ次郎とウナ子は偶然に捕獲された由緒ただしい樺島産のオオウナギなのである。1994年9月というからもう20年以上前のことになるが、樺島の南側にある1haのため池が渇水で干上がった際に10尾のオオウナギが保護された。そのうちの二尾が彼らである。八代目うな太郎存命中には、井戸にうな太郎、水槽にウナ次郎とウナ子という恵まれた時代もあったようだ。観光客が来ても井戸のうな太郎はなかなか姿を見せてくれないが、近所に住むおばさんはヒモとバケツでたくみにうな太郎を誘い出したという話もある。今、主のいなくなった井戸には金属製のふたかぶせられ錠前で閉ざされている。すきまからのぞきこむと、黒い水面の奥から見返されているような気がした。

(文・写真・絵:市原千尋)

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オオウナギが飼育されている水槽。訪れたときは平日の早朝だったため、扉が閉められ錠前がしっかりとかけられていて、オオウナギの姿を見ることはかなわなかった。

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8代目うな太郎がいたころは、観光客のために地元のおじさんやおばさんがあれこれの技でうな太郎を誘い出してくれた。

今回の旅のお伴はマリンマン・シーホース。セラミックベゼルを装備したメイド・イン・ジャパンの機械式ダイバーウォッチ。オオウナギの井戸の上で撮影。