2015.4.10

最大の弱点は天真

第一次大戦ごろ、従来女性のアクセサリーであった腕時計が、利便性を理由に兵士や飛行機乗りたちの間で普及し始めた当時は、しばしば腕時計のガラス面には網状の金属カバーがかぶせられた。ただしこれは、時計を外部からの衝撃に対して守るというよりもむしろ、ガラスが外れてなくなったり、割れた破片が飛び散らないようにする目的のものであった。外からの衝撃にだけ対策をしたところで、野戦場や上空における気温変化や気圧変化はあっさりと時計ケースをゆがめ、ガラスを外したり割ってしまったからだ。

この点については、ガラスを頑丈にしたり、3部品から成っていたケースを2部品化したり、その2部品の材質を統一して熱膨張率に差が出ないようにしたりといった対策がやがて進んでゆくが、それを別にしても悩ましい問題は「天真」の故障の多さであった。天真はヒゲゼンマイを収めた「テンプ」の回転軸であり、(少なくとも最近の時計になると)髪の毛以下の太さしかない。太いと時計は正確にならないからだ。テンプは、主ゼンマイを巻いて蓄積したエネルギーを一定のペースで徐々に取り出すためのものであって、振り子時計で言うところの振り子にあたる。天真が折れたとなれば言うに及ばず、少々ゆがんだだけでも、時計は止まるか狂うかしてしまうのだ。これは何も戦場でなくとも、腕時計をつけてスポーツをする場合、それどころか「カードプレイヤーでさえ」、直面するリスクであった。

初期の腕時計保護カバー

テンプ。ヒゲゼンマイが締まったり反動で緩んだりを規則的に繰り返し、それに連動して全体が右回転・左回転を反復する。時計の定時性の根拠となる機構である。


テンプに衝撃を伝えない方法

しかし実は、腕時計の時代ではないが1800年ごろ既に、天才時計師アブラアム=ルイ・ブレゲが「パラシュート」と呼ばれる天真保護機構を発明している。これは天真を支持する部品を屈曲したバネ状にして、衝撃を吸収しようとするものだ。さらに、ブレゲは天真の端を単なる円柱ではなく鉛筆の先のような円錐状(当時はまだ「それに近いもの」程度であったが)にし、やはり円錐形にくり抜いた「穴石」を通してから、天真の軸受けである「受石」に一点でのみ接させる構造も考案した。肩のない円錐どうしの噛み合わせなら衝撃力は分散され、また受石から天真へは垂直軸方向の力しか伝わらないで済む。なお、穴石や受石は精度上重要な部品であるため、人工ルビーがよく用いられる。

腕時計においてもこれと近い発想で1920年代・30年代ごろから、天真をバネ的部品で保護する機構が登場し始めた。代表的な製品は「インカブロック」で、受石を直接ガッチリと座金に埋めて固定せず、銀行の地図記号のような(海外では「竪琴」と表現される事も多いようだ)形の曲面クリップで押さえる。上下前後左右、各方向の振動・衝撃はこのインカブロックに吸収され、さらにもし限界以上の強大な衝撃が加わった場合は、わざと片側が外れることで、受石を逃がしてしまうようになっている。インカブロックと似た、ただし形状違いのものも多種が各社で開発され、例えば有名どころではロレックスの「キフ」シリーズがある。インカブロックが受石と2点で接するのに対し、キフは3点であり、その分安定かつ衝撃力に強いという触れ込みのようだ。

これとは別の路線で、ワイラー社の「インカフレックス(ワイラーテンプ)」は、テンプ自体が振動・衝撃を吸収できることを狙っている。天真と、その外側を回転する車輪である「天輪」とをつなぐスポークを、ブレゲパラシュートのように屈曲性のある渦巻き型とすることで、どちらかが受けた衝撃がもう片方に伝わりにくくなっているのだ。

他に、現代ではテンプ内のヒゲゼンマイをシリコン製としたものや、あえて磁力のある受石や天輪を使うものも登場している。

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ブレゲのパラシュート(白い部分)。先端の丸い部分が天真と受石

天真を保護する様々な仕組み


外殻側でできる衝撃対策

こうしたムーブメント内部の対策とは別に、汎用ムーブメントを採用しているメーカーであっても、ケースからムーブメントに衝撃を伝えない工夫は可能である。例えばボールウォッチの「アモータイザー」機構は、ケース裏にあるプロペラ状のネジを回しこむと、自動巻き用のオモリが固定できるようになっている(その間は自動巻き機能が止まるため、衝撃が心配される際にのみ使われる)。自動巻きオモリは重い部品であり、もし強い衝撃を受けて吹っ飛べばムーブメントを破壊しかねない威力があるので、その対策だ。

日本製の機械式時計で耐衝撃構造を持つものは、もちろんケンテックスクラフツマンだ。クラフツマンではムーブメントはゴムで支えられたインナーケースに守られている。確実な方法だが、時計を厚くし過ぎないためには相応の設計力が必要になる。

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クラフツマンの多層構造