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エルジンA11

米エルジン社(ほか)、1940年代
米軍要求仕様(ミルスペック)に従い、正確な秒合わせ用のハック機能などを(本格的なミルスペック腕時計としては)初めて実現。各社製を合わせ、米軍標準調達品腕時計の中で最も多数調達された。

ミルスペックA-11

軍が第二次大戦に際して大量の腕時計を発注するにあたり、要求仕様(ミルスペック、military specification)「A-11(ミルスペック仕様コードとしては94-27834-B)」として規定したタイプ。なお海軍では陸軍と同じ名称を嫌ったのか呼び名が異なり、「R88-W800」となる。
A-11は竜頭を引き出すと秒針が止まる「ハック機能」が特長で、特に航空隊などのメンバーは作戦前に「ハック!」の掛け声で、全員が厳密な時計合わせを行う。これがミルスペックに盛り込まれていたということは、米軍がその必要性を感じていたということになる。間違った時刻に基づいて作戦を決行することは、味方を誤爆する可能性さえ意味するのだ。従来の時計はギア比の問題でこのハック機能の実現が難しく、針ではなく文字盤の方を動かして秒合わせを行っていた。またA-11より前のミルスペックであるA-7にもハック機能はあったが、A-7は懐中時計の流用品であり、竜頭が12時の位置にあるためバンドを斜めに付けざるを得なかった一品だ。
A-11は好評で、第二次大戦中に最も多く調達されたタイプとなった。イラストに挙げたものはA-11の一例で、エルジン社製のものだ。(A-11仕様がそうなっているわけではないが)このモデルの場合は軍用を意識して完全な24時間制となっているのが特徴的である。黒地のダイヤルに白い針。ダイヤルに社名等を入れることは禁止されている。秒針はA-11に従って時針・分針と一緒にしたセンターセコンド式で、昔はむしろ秒針が小ダイヤルに独立したスモールセコンド式のほうが構造的に簡単なため主流であったが、見やすいセンターセコンド式が台頭しつつあった。また、秒針が1秒刻みに段階的に動くステップ運針ではなく、連続的なスイープ運針が求められている。コイン状の刻みがあるベゼルも、A-11で要求されている点だ。A-11には他に、15石以上(当時としては高級な部類)であることや、大きさや材質(物資事情のためかむしろニッケルなどの「安物」合金が指定されている)などが規定されている。

間に合わない生産

数国家間の総力戦となった2度の世界大戦では、自ずと大量の腕時計が必要になった。アメリカでさえもそのすべてを軍工廠で製造して全兵士に支給するなどという芸当はできず、建前上自国製の腕時計を使う事になってはいても、実際には輸入品もあれば、戦地で各兵士が現地調達したものを追認することもあった。ドイツがスイスの時計メーカーに発注したが戦局悪化に伴いキャンセルしたものを、アメリカが引き取り、鉤十字を削り取って使いさえしていた。
したがって各国軍が正式に発注する時計であっても、幾つもの時計メーカーが分担して製造することになる。しかも戦時中、こうした時計メーカーはしばしば軍用精密機械の製造に追われており、本業の時計製造に手が回らない有様だったのだ。このとき各国軍からは時計の設計図が配られるわけではなく、ミルスペックが公示され、各メーカーそれぞれ、その仕様の範囲内で思い思いの製品を作ることになる。その結果、同じ仕様番号を冠した製品であっても(当時はまだあまり時計の「商品名」というものがないようだ)、多数のバリエーションが発生する。A-11にもエルジンの他ウオルサム、ロンジン、ブローバなど幾つものメーカーが関わっているし、同じ会社の「A-11」でも複数バージョンが存在しうる。
また、こうした大量生産の必要性から、ベトナム戦争期にはプラスチック製も含めた、使い捨て時計が採用される流れにもなった。

ミリタリーウォッチ列伝

業革命以降、時計は大量生産されるようになり、町の中心の時計塔が住民を支配する時代から、ポータブルな時計を個々人が携行する時代になった。とはいえ当時男性は懐中時計、女性は(アクセサリーと一体化した)腕時計というのが常識であって、男性が腕時計を装着することは恥に値した(なお男性用はローマ数字、女性用はアラビア数字という差も存在した)。
ところが19世紀末頃から、男性であっても飛行士や軍人たちが、懐中時計に無理やりバンドを繋げるような形で、腕時計を愛用し始めた。理由はただひとつ、「便利だから」である。一瞬のもたつきが生死を分けるような状況で、いちいちポケットから懐中時計を探り出してはいられないのだ。かくして、あくまでも実用性第一たる、「ミリタリーウォッチ」というジャンルが登場することになった。

本連載は、こうしたミリタリーウォッチの数々に焦点を当てていく。