2014.12.2

飛行機の黎明期。大空への挑戦を記録。

ライト兄弟の初飛行から3年後の1906年、フランス系ブラジル人アルベルト・サントス・デュモンがパリで、ヨーロッパ初の有翼飛行を成し遂げた(気球や飛行船による飛行はすでに実現している。また、デュモンがライト兄弟以前に飛行を成功させていたとの説もある)。

当時の飛行機の速力や滞空時間などはたかが知れていた。それでもデュモンをはじめ空に挑んだ飛行士らは、自身の滞空記録を伸ばすために空中で時間を知る必要があった。しかし飛行中、彼らは両手がふさがっている。当時、男性は懐中時計を使うのが常だったため、彼らは懐中時計を腕や太腿に臨時に巻き付けて使ったという。

しかしデュモンはそういったスタイルに満足せず、友人であったルイ・カルティエに、本格的な腕時計の製作を依頼した。デュモンが装着したカルティエの四角い腕時計は、デュモンのメディア露出に伴って、人々の関心を惹いた。そして1911年には、ついに一般向けに量産されることとなる。

また1909年には同じフランスのルイ・ブレリオが、ゼニス製の腕時計をつけて英仏海峡横断飛行に成功した。この時計は蛍光性のダイヤルおよび針、視認しやすい大きなアラビア数字インデックス、手袋を着用していても巻ける大型の竜頭、そして複合金属製の耐磁ゼンマイまで備えていたというから驚きだ。さらにご愛嬌というべきか、「計器盤に貼り付けるための」台座も付属していたという。型番は不明で、量産されたわけではないのだろうが、それにもかかわらずブレリオはこの時計に満足し、人々に強く薦めている。

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デュモンのカルチェ腕時計。特有の機能があるわけではないが、まずは腕時計であること自体が意義であった。


第一次世界大戦期。航法計器として大洋を横断。

第一次大戦で飛行機は大いに発達し、パイロットウォッチの必要性も高まった。英米軍の航空兵らは、腕時計ではなく懐中時計ではあったが、大型竜頭仕様の時計を使ったらしい。しかし1915年、ブライトリングは腕時計型クロノグラフ「30分タイマー」を発売しており、腕時計化は着実に進みつつあった。

1927年にはチャールズ・リンドバーグが大西洋無着陸横断に成功し、つい20年前まで数百メートルの滑空しかできなかった飛行機は、ついに大洋を横断しうる存在へと至った。こうなるとパイロットウォッチには航法計器としての役割が求められるようになる。何も目標物のない大洋の真ん中で現在位置を把握するには、飛行時間と速度、あるいは天体の位置から推定するしかなかったからだ。

1927年に米海軍のフィリップ・ウィームス大佐が考案し1929年に完成した、ロンジン「ウィームス・ナビゲーション・ウォッチ」は、ベゼルを回転させて秒針の零点調整を行うことができた(当時はまだ、秒針を止めて時計合わせを行うことまではできなかった)。これはすでに秒単位の精度が必要とされていたことを意味する。

さらに1931年、リンドバーグがやはりロンジンに作らせた「アワーアングル・ウォッチ」は、時針・分針・秒針それぞれについて、時間を地球の自転角度に換算した目盛りが追加されている。これは簡単にたとえるなら、地球は1時間で15度回転するのだから、ある場所でグリニッジ標準時13時ちょうどに太陽が南中したとすれば、その場所の経度は西経15度だ(グリニッジより1時間遅れている)、といった計算をやりやすくするためのものである。もっとも、実際には補正表を用いたややこしい計算が必要になるし、緯度については別途、六分儀で太陽または北極星などの高度を測って求めなければならないが。

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リンドバーグ・アワーアングル・ウォッチ。地球(太陽)が1時間で15度(ダイヤル)、1分間で4分の1度(ベゼル)、1秒間で4分の1分(インダイヤル)動くことが記されている。回転ベゼルにより、均時差(季節による太陽位置の誤差)を分単位で補正することもできるが、インダイヤルは動かないため秒単位の補正は自力で計算しなければならなかった。


第二次世界大戦期。パイロットウォッチの成熟。

第二次大戦ごろには、電波航法の実現により、パイロットが現在位置を自力で計算できる必要性は薄れつつあった(英軍などは電波航法を行うドイツ機を迷子にさせるため、ニセの電波発信基地を設置する策を実行し、成功を収めた)。そのかわり本格的な耐磁性が求められるなど、パイロットウォッチの条件もまた変化する。一方で、変化することのない「様式」も確立された。

ドイツ空軍が1935年から支給し始めた「B-Uhr」は極めてシンプルなデザインであるが、直径55mmという巨大さ、黒地に白アラビア数字の見易い文字盤、青い蛍光針、12時の三角インデックスと、視認性の向上を徹底追求している。また、手袋の上から使うことを考慮した大型竜頭に長いバンド、秒針停止(ハッキング)機能も備わっている。軟鉄ではないようだがムーブメントは鉄製ケースに覆われ、耐磁性が考慮されている。1948年のIWC「マーク11」は透磁性の強い軟鉄シールドで、非常に高い耐磁性能を実現した。

また、1942年には英空軍公式サプライヤーたるブライトリングが、初の回転計算尺付きクロノグラフ「クロノマット」を完成させた。このときのマーク42型計算尺はまだ一般目的用のものであったが、1952年の「ナビタイマー」に搭載されたマーク52型計算尺は、航空目的用に特化されている。

他に、減圧によって破裂しないための風防・ケースの頑強化なども進んでいる。

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B-Uhr。シンプルだが視認性や使いやすさが重視されている。

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Kentexスカイマンパイロット。視認性の高いケースやダイヤルデザイン、秒針停止機能、操作性を重視した大型竜頭など、1940年代のパイロットウォッチの様式を再現。


そして宇宙へ

1961年、ユーリ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に成功した。このとき彼が着用していたポレオット(モスクワ第一時計工場)「シュトルマンスキー」は、特に航空用時計というわけではなかったが、宇宙へ行った時計として有名になる。

そして1969年、アポロ11号月着陸の際、エドウィン・オルドリンが宇宙服の上から着用していたオメガ「スピードマスター」は、真空中でも平然と時を刻み続けた「ムーン・ウオッチ」である。スピードマスターは一般市販品であるにもかかわらず極めて頑強な腕時計であるとして、1965年にNASAに制式採用されていた。貧弱な性能とはいえ、アポロ宇宙船はすでにコンピューターが誘導する時代であったが、1970年アポロ13号が事故を起こした際には、スピードマスターが軌道修正のためのエンジン噴射時間を正確に測ったという逸話もある。

これ以降になると、機械式時計がクオーツ時計に代わり、また、デジタルデバイスとして更なる進化を遂げることになる。

しかし、ゼンマイや歯車、目盛りを駆使して主の命を守ってきたパイロットウォッチは、計器・兵器としての歴史を体現し、現代においても人気が衰えることはない。

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スピードマスター。クロノグラフ搭載で、ベゼルはタキメーター(速度目盛り)付き。風防は耐圧性を考慮して丸みを帯びており、また減圧などで割れた場合に備え、傷付きやすさを承知でアクリル製となっている。

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狭く不安定なコクピットにおいて、飛行に必要な各種計算を素早く行うこと求められた結果、パイロットウォッチに航空回転計算尺が付けられた。写真はKentexスカイマン683。実際にパイロットの意見を取り入れながらブラシュアップを続けたモデル。