2014.11.19

砂粒サイズの原子炉

電池のない機械式時計を夜光化しようとすれば、蓄光塗料を使うか、自発光システムを使うかであろう。蓄光塗料は外から受けた光を保存しておくものだが、自発光システムは自ら発光する。太陽光を反射している月と、その太陽の違いのようなものだ。圧力で光る圧電素子というものもあるが、原動力が人力であっても電子部品を使ったものが「機械式時計」と言えるかどうかは、微妙なところかもしれない。

そして蓄光塗料は貯めてあった光が無くなればおしまいだが、自発光ならば関係はない。周囲が暗かろうが明るかろうが、常時光り続けているのだ。その自発光では、エネルギー源としてトリチウムのような放射性物質を使用する。

そう、間違いなく、原子炉だの核爆弾だので言う放射性物質、だ。実際、福島原発事故に関連して「トリチウム」の名を耳にした読者も多いだろう。

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トリチウム式(左)と蓄光式(右)。この場合、暗所に持ち込んだ直後は蓄光式のほうが明るいが、(クリックで拡大)

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3時間後には蓄光式はほぼ光を使い果たしてしまった。トリチウム式には変化はない。(クリックで拡大)


重たい水素

とはいえ、現実的にトリチウム式時計で放射能被曝の恐れは無いと言ってよい。トリチウムを取り出して飲み込みでもすれば別だが、それでも微量であるし、もし飲み込むのであれば通常の蓄光塗料でも時計の金属部品でも、体に良くないであろうことは同様だ。

まずトリチウムとは何か。得体の知れない元素の名前のようだが、実は水素の仲間だ。別名を三重水素という。通常の水素(軽水素)が陽子1個と電子1個のみからできているのに対し、トリチウムはそれに中性子2個が加わっている。太陽光の作用により自然にもごくごく微量に存在するが、大半は戦後の核実験で放出されたものだそうだ(そのさらに大元は、リチウムに中性子を当てるなどして人工的に製造したもの)。なお中性子が1個増えただけのものはデューテリウム(二重水素)である。一方で中性子3個(四重)以上のものは不安定なため、生成されたとしてもすぐに崩壊する。

トリチウムは化学的には軽水素と全く同じ性質だ。常温では気体なので、トリチウム管を割っても実際、すぐに拡散してしまうだろう。酸化すれば普通に水(三重水素水)にもなる。しかし中性子2個の分、物理的には「3倍ほど重い」という違いがある。この結果、三重水素水は普通の水よりも蒸発したり植物の根に吸い上げられにくい。なお同様の理屈で、普通の酸素を含む水と「重い酸素」を含む水との差が、過去の気候変動(水分蒸発量の多寡)の研究に利用されていたりする。

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トリチウムは電子を捨ててヘリウム3イオンに変化する。捨てた電子の奔流がβ線である。

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放射性物質は半減期分の時間ごとに半分が崩壊する。従って残量は経過時間に反比例し、崩壊速度(放射線発生量)もまた減少する。


トリチウムの放射能

さて、トリチウムは軽水素や二重水素よりは不安定であり、半減期12.3年で崩壊する「放射性物質」に分類されている。崩壊とは、トリチウムの中性子2個のうち片方が電子1個(マイナスの電荷)を投げ捨てて陽子に変わり、陽子2個・中性子1個・電子1個の「ヘリウム3イオン」に変化することだ。

あるトリチウムが崩壊するかどうかは確率次第であり、平均的にみて、6.2年後(半半減期後)までには元のトリチウムの約29%が崩壊し、生き残りは71%となる。スタートから12.3年後(1半減期後)には生き残りは71%の71%、すなわち元の半分。24.6年後(2半減期後)には半分の半分で、4分の1となる。そして、どこかで崩壊が起こるたびに1個ずつ投げ捨てられている電子の流れこそが、トリチウムの出す「放射線」なのだ(※「放射線」と「放射能」は違う。放射されるものの流れ自体が「放射線」であり、「放射能」とはその放射線を「放出する能力」のことだ)。放射線が電子でできている場合、これは「β線」と呼ばれる。いわば電線のない空中を飛ぶ雷である。

ただしこの「雷」の射程距離は短く、人間の皮膚を突き抜けられない。むろん、発光管や時計本体のガラスも無理だ。量についても、もし「T25」規格表記のある時計なら新品でさえ、崩壊量は多くて25ミリキュリー = 925メガベクレル。1秒間に電子およそ9億発分のβ線が(四方八方に分散しながら)飛ぶ程度だ。膨大な数に聞こえるかもしれないが、1アンペアの電流(100ワットの電球を光らせる程度)なら、それより10ケタ多い数の電子が流れている。しかもトリチウムのβ線は遅く、電気量だけでなく運動エネルギーも弱い(例えばセシウム134のβ線は最大で658keV、トリチウムは18keV)。

体内に飲み込んだ場合は皮膚で防御とはいかないが、時計用トリチウム管のメーカーによると、その場合でもトリチウムは普通の軽水素に混じって体内で水となり、5~7日程度で半分は排泄される。その間の被曝量は日常生活で浴びる自然放射線1日分程度にしかならないという。

昔は夜光時計にラジウムが使われており、こちらは本当に危険度が大きいために使用禁止となった。しかも密閉管内にガスとして封じ込めるのではなく、発光塗料に直接混ぜて文字盤に塗られていたようである。そのため筆を舐めながら塗料を塗る仕事をしていた作業員に、舌癌が頻発したとのことだ。

ブラウン管テレビや蛍光灯と同じ

トリチウム発光管においては、トリチウムやβ線自体が光っているわけではない。管の内側に蛍光塗料(典型的には硫化亜鉛が主成分、さらに銅・銀などの化合物によって光色が変わる)が塗られており、β線がこれに当たることで発光する。より詳しく言うなら、塗料中の原子はβ線から運動エネルギーの一部を奪って自身の電子を励起させ、その電子が元の軌道に戻る際に光が発生する。

なお、この際一気に光エネルギーを放出しきってしまう(瞬間的に強く光って終わる)場合を「蛍光」、段階的にじわじわ放出する(比較的長時間弱い発光が続く)場合を「燐光」と呼ぶ。トリチウム管メーカーによると、時計用のトリチウム管は「燐光」に分類されているようだ。物質によってはβ線の命中時に光だけでなくX線が発生し、それに対する防御策が別途必要になる場合もあるが、トリチウム管の場合は、こうしたX線の発生量は多くない。

この原理はブラウン管テレビや蛍光灯と同様である。ブラウン管テレビは、やはりビーム状の電子線を画面裏の塗料に当てて、特定のポイントを光らせる。もし塗料が使い過ぎで劣化してしまえば、画面焼けなどが発生する(エネルギー量が桁違いなせいか、トリチウム管の塗料はメーカーによれば、実質的に半永久的であるという)。蛍光灯も、電子ではなく紫外線ではあるが、やはり管内側の塗料を励起して光らせる。白熱電球のように、電流の通っているフィラメント自体が光るのではない。

ただし前述のように、トリチウムの残量もβ線の発生量も、12.3年で半減する。しかしトリチウム自体がβ線を吸収する場合があるため、トリチウムあるいはβ線の発生量が2倍なり半分になっても、管の発光力は比例して2倍なり半分にまではならないようだ。

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トリチウム管は内壁の塗料がβ線からエネルギーを得て発光する(クリックで拡大)

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25周年クラフツマンクロノの発光。色は塗料の種類によって変えることができるが、夜光時計では大抵、人間の眼が一番敏感に識別できる緑色が選ばれる。(クリックで拡大)


※当初の記事で、「ヘリウム」を誤って「リチウム」と記述している部分がありました。謹んで訂正いたします。