旅館や割烹料理店の入口などに、玉石を敷き詰め手水鉢(ちょうずばち)を据えた庭のような小空間を見かけることがある。最近では居酒屋チェーン店でも店内にあったり、高層ビルの吹き抜けにガラス張りの和の空間があったり。日本庭園のエッセンスだけを俳句のように極小の空間で体現したものを「坪庭」という。

 首都圏や中京圏からのアクセスもよい信州の八ヶ岳に、坪庭という名の名勝がある。坪庭といっても溶岩でごつごつの登山路や木道を経て一周するのに30分ほど歩く広さ。八ヶ岳の最後の噴火で吹き飛ばされた山頂部が台地状になっており、あちこちに林立する噴石とまばらに生えた高山植物が織りなす光景が、石塔や巨石を配した庭園のようでもある。

 それにしても厳しい光景である。近くの縞枯山は白く立ち枯れた木と緑をまとった成木とが幾重にも層をなして縞模様をつくりあげている。「縞枯」というこの現象は全国でも八ヶ岳でもっとも顕著に見られるが、はっきりした原因はまだ分かっていない。

 寿命が来た木はいっせいに枯れ、そこから幼木が陽光を浴びて育ち、成木となる。成木はやがて枯木となり溶岩だけの無機質な山肌を長い時間をかけて蘇らせていく。この縞模様には自然のサイクルが生みだした差し引きのない表情が浮かんでいる。昔の日本人が小さな山水庭園に体現しようとしたものは、そんな自然の厳しさだったのではないか思った。

(文・写真:市原千尋)

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ビーナスラインで標高1700mの登山口までクルマでアクセスできる。ここから2200mの坪庭まで登山道なら2時間のところを、ロープウェイはわずか7分で山頂の庭園まで駆けのぼる。

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台地状の山頂に溶岩石が積みかさなる坪庭は木道を含む遊歩道が整備されており軽装でも散策を楽しめる。ぐるっと坪庭をまわると30分ほどのハイキング。


坪庭めぐりだけで飽き足らなければ、坪庭を抜ける北横岳登山コースや、広大な八ヶ岳連峰の池めぐりといった多彩なコースがある。いくつもの谷筋を渡っていくと深く苔むした景観に変わっていく。

あちこちに積み重なるように倒れた枯木。よく見ると苔が腕をのばしていた。壮大な自然の循環を支える小さな息吹である。


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北八ヶ岳トレッキングにおける池めぐりコースのハイライトが双子池。山荘をはさんで雄池と雌池が並ぶ。
坪庭の荒涼とした厳しさから一転、目も覚めるような紅葉と澄明な水辺が眼前にひろがった。

>北八ヶ岳ロープウェー・オフィシャルサイト