山奥が生みだした五彩色の宝物。

 日本海に注ぐ大聖寺川をのぼっていくと、やがて山にはさまれた紅葉の美しい渓谷となる。奈良時代からの湯治場として名高い山中温泉を過ぎ、さらに大聖寺川に沿って国道をのぼっていくと我谷ダムのところで川筋は国道と離れる。3kmほど行くと九谷ダムがあり、さらに上流へと進むと何もない川筋に駐車場が現れた。今は住む人もないこの山深い地が、九谷焼きのふるさとである。

 一般に「陶磁器」というが、「陶器」と「磁器」は違う。陶器の材料は粘土。対して磁器は陶石というガラス質の石。素焼きをすると両者の違いははっきりする。素焼きの磁器はまったく吸水性をもたず硬質である。わが国における磁器のおこりは、江戸初期の有田。同じころ加賀の山奥でも陶石が見つかり、藩の政策として藩士・後藤才次郎を有田に磁器作りを学びに行かせ、古九谷の窯が操業された。これが今に残る一号窯と二号窯である。この窯は50年ほどで廃窯になり、ひっそりとした山奥で百年の眠りにつく。ところが江戸後期に加賀内で金沢、小松を中心に新しい九谷焼きが発展すると、大聖寺の豪商・豊田伝右衛門が九谷焼の元祖である古九谷の再興をめざし、この地に窯を新造した。この吉田屋窯の跡は、一号窯、二号窯跡の隣に今も国の史跡として残されている。

(文・写真:市原千尋)

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苔むしたブロック塀に囲まれた古九谷窯の跡には石碑が立つ。

九谷焼の始祖である後藤才次郎を讃えた碑。


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国指定史跡・古九谷窯跡近くには駐車場とトイレが整備されている。

今回の旅のお伴はスカイマン・パイロットのシャイニンググレー/シルバー(-11)。ハトメのついたクロコダイル型押しバンドが特徴。


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窯跡を囲むブロック塀は苔むし、深い草の中に覆われていた。冬になれば深い雪に埋もれるのだろう。